剪定が良ければ庭は20年後も変わらない。

庭で四季を楽しむために、樹形のきれいな山採りの木で庭をつくったけれど、剪定はそろそろしたほうがいいのかな。難しいから庭師さんにお願いしようかな。でもお値段も高いから自分でできないかしら、、、

そんなお悩みをお持ちではないでしょうか?

山採りの木は、山の中で大きな木の陰で彩光も風通しも十分ではない環境でも育つほど強健な樹種が多いため、庭で良い生育条件を与えた場合、驚くほどのスピードで生長していきます。

うかうかしていると剪定時期を逃し、あっという間に樹形が崩れてしまいます。

自分で剪定を行うならば、しっかりと剪定する時期と切る位置や切り方のコツを覚えて剪定をしましょう。

そして、美しい樹形を保ち20年後も美しいままの庭を実現しましょう。

剪定する枝と残す枝

剪定でもっとも大切なポイントは切るべき枝と残すべき枝を見極めることです。適切な剪定のポイントは、強い木の生長を抑制し、枝の数や葉の数を増やさないことです。また、放置して枝が混みすぎると、樹冠の内部に日光が差し込まなくなり、枯れ枝が出たり、害虫の発生が多くなります。不要な枝を間引き、伸びすぎた枝を切り戻して、健全な生育を助け、木が大きくなりすぎないようにコントロールします。

剪定する枝

徒長枝

少し離れた場所から木の全体を見るとわかりやすいのですが、明らかにビョーンと飛び出して伸び、節間 がほかの枝よりも広く、不自然に太いの力徒長枝です。 そのままにすると、どんどん徒長枝ばかりが太く長く伸びてしまい、やがてゴツゴツして風情のない枝振りになります。 ほかの枝の養分までが、一気に徒長枝に集中してしまうため、木全体のバランスを損ない、しなやかな姿を台無しにしてしまいます。

開花前や梅雨時の病気になりやすい時期を除き、徒長枝があまりにも勢いよく伸びる場合は、そのまま放置せずに早めに切り取ります。あっというまに、驚くほど伸びてしまうこともあります。 切るときは、必ずつけ根ギリギリで切り取り、「枯れ込んだらどうしよう」などと思って残してはいけません。少し残したりすると、そこから噴くように小枝が出てきて、切り直すことになります。切り口の回復が心配なら、癒合剤を塗っておきます。

下垂枝

下向きにダランと垂れ下がるように伸び、ほかの健全に伸びている枝に当たってしまうような伸び方をする枝があります。 落葉樹では、太い下枝から伸びることが多いのです が、常緑樹では樹冠内部のさまざまな箇所に発生し、 多くはやや細めで枯れやすく、放っておくと傷んで 病害虫の温床になってしまうこともあります。 放置すると、病気や害虫の被害が拡大する恐れがありますので、 残さずにつけ根から切り取ります。

車枝

1ヵ所を中心に噴き出すような小枝が出てしまう車枝は、その枝がもともと樹勢の強い徒長枝だったり、台風や雪などの何らかの外的要因が加わり、途中で折れたり曲がった場合などに多く見られます。

不自然な向きで出た枝をすべて、残さずにつけ根から切り落とします。また、根本的な解決策として、その枝全体を主幹から切り落とすのも有効です。少し残してしまうと、そこからまた不要な枝が勢いよく出ることが多いので、必ず残さずにつけ根で切りましょう。

樹冠の内側に向かって逆らうように伸びる内向き枝、ほかの横枝にぶつかって垂直に伸びようとする立 ち枝、左右対称に伸びてしまうかんぬき枝などは、車枝と同様に樹冠内部の自然な流れを乱す不要な枝です。

樹冠の内部で枝と枝がぶつからずに、風通しがよい状態に手入れしたいので、このような枝も必ずつけ根 で切り落とし、しなやかな枝振りに整えます。

 

残す枝

ひこばえ

主に低木や中高木で株立ち状に育つ樹種は、古く太くなった幹は地際で切り取り、下から出てきたひこば えを伸ばして、新しい幹として利用します。 従来の庭木の手入れの本の多くは、「ひこばえは伸びたらすぐに切れ」と書いてあるものが多いのです が、しなやかな自然樹形に手入れするためには、ひこばえこそ、活かさなければならない要素です。

株元から多くのひこばえが出やすい樹種の場合、1シーズンで5本ものひこばえが伸びることがあります。

まったく出ないと困りますが、必要以上によく出 すぎたら、伸ばすものを選び、残りは地際ギリギリで切り取って整理します。このとき、短く残したりすると、そこからさらに細い枝が噴き出すので、必ず残さずにギリギリで切り落とします。 樹勢が強すぎるものと細く弱いものは、木全体の生育のリズムを乱すので切り取ります。樹勢が強くも弱くもない中庸の育ち具合で、姿のよいものを選んで残し、大きく伸びたら、古くなった幹と更新します。

胴吹き枝・ふところ枝

株元からひこばえが生えにくく、一本立ちになりや すい高木類の樹種で、主幹を低く切り戻したいときに は、幹の下方1/2~2/3の位置あたりから伸びてくる胴吹き枝を活かし、伸ばして利用します。 主幹に沿って、やや立ち気味のほうが好都合ですが、 もし、横に伸びていても、主幹を胴吹き枝のつけ根で 切り落とすと、上に向かって徐々に立ち上がります。 明らかに伸ばしても利用できない胴吹き枝が伸びた場合は、幹の際から残さず切り取ります。

 

枝を切る手順

1、全体のバランスをイメージする

実際に剪定をする場合、多くの人がまず樹冠の外部の目につく不要な枝から切り始めますが、これはよくありません。

切りすぎると元に戻せないので、手をつける前に全体の姿をよく観察し、どの枝を切 ったらバランスのとれた姿になるかをじっくりと判断します。

2、主となる枝などの剪定

主幹を切り戻したり、地際から切る場合は、最初にその作業を行います。次に残す主幹から伸びる不要な太い枝を間引くと、目指す樹形の骨格が見えてきます。

太い枝をつけ根ギリギリできれいに切るには、下の図の手順で行ってください。

その後、中程度の太さの枝の剪定に移ります。

3、小枝の剪定

先までは、ノコギリの作業ですが、最後はハサミを使った小枝の剪定です。

作業は頂部から順に上から下へ進めます。

これは、先に下方の枝を綺麗に整えたのに、上方から切りカスが降り積もってしまい清掃作業が二度手間になってしまうからです。

枝を切るポイント

一般に今までの剪定方法で手入れをしていた人は、 「切り口から枯れ込んだら、 どうしよう」と不安になり、 下の左の図のように、 少し枝を残してしまうことが多いと思います。すると、残した部分から 一斉に枝が噴き、 樹形は乱れて 「この噴いたたくさんの小枝をどうしよう?」 と慌てがちです。 ハナミズキやヒメシャラなどで、よくこのような例を見かけます。解決するには、 もう一 度残した部分をつけ根から切り直すことですが、 時期がその樹種の剪定にふさわしくない場合は、 適期まで待って作業します。 ただし、 ブドウやアジサイなど、 あらかじめ枯れ込みやすいことがわかっている樹種は、 その分を考慮して少しつけ根から離して切りましょう。

剪定する時期

落葉樹(アオダモ・アオハダ・カエデ・ツリバナ

通常、落葉樹の剪定は冬季または初春が適しています。

木が休眠状態にある時に行うと、新芽が出る前に剪定を行うことができます。

冬は植えつけや病害虫の防除など、 翌年の備えをする重要な時期です。手を抜くと春以降の生育に差が出てしまうので、 必要な作業をしておきます。

春から夏に花が咲く樹種には、 厳寒期に寒肥を施します。おすすめは、 油かすと骨粉などを混ぜて練り込んだ固形の有機質肥料か、 緩効性の粒状化成肥料です。ただし、 量はこく控えめに与え、 数ヵ所に分けて土に埋めるか、土にばらまいてからよく混ぜて与えます。

夏の剪定は、 伸びすぎた枝や混み合った枝を切って間引き、 調整するのが目的です。うっとうしいからといって伸びが止まる前に剪定すると、 勢いよく枝葉が出てくるので避けましょう。ある程度、 新芽や不定芽の伸びが止まったところで枝を間引き、 葉数を調整すると、 枝の太りを抑えられます。

 

常緑樹(*ツツジ・シャクナゲ・ヤマモモ)

*種類によって落葉樹・常緑樹あり

常緑樹は落葉樹に比べて芽生えの時期が遅くなります。剪定の基本は、新葉が出そろう6~7月ごろに、枝を主幹のつけ根から間引いて自然な樹形に整えます。また、寒さに備えるため、秋から厳寒期を迎える前までに枝葉の数を減らしておきます。花を楽しむ木の場合は、落葉樹と同じに花芽分化の 40~50日以前に行うのが剪定の原則です。 常緑の広葉樹には落葉樹よりも寒さに弱い樹種が多くあります。これらは盛夏と厳冬期を除いた暖かい時期に植えつけを行います。

針葉樹は、広葉樹よりも寒さに強い樹種が多く、冬の間に剪定で樹形を整えます。芽吹き前までには、翌年の生長する予測をしながら、樹種ごとの伸び方をよく考えて大きさをコントロ ールします。

常緑樹はシャクナゲやツバキなどの花を楽しむもの以外は、大きくなりすぎたり間延びするので、ほぼ肥料は与えません。寒さに弱い樹種には、冬前に株元へ敷きワラや腐葉土をマルチングして保護します。

 

まとめ

庭で四季を楽しむためにつくった庭を、樹形のきれいなまま楽しむためには樹木の性格を知り、その樹木の負担のかからない方法や時期で剪定を行うことが何よりも大切です。

大きくなりすぎてしまった木や太い木を剪定するには、専門家の知識や技術が必要となりますので、無理をして剪定を行わず、必ず専門の庭師にご相談ください。

20年後も美しいままの庭木ライフを楽しむために、大事に大事に樹木を育ててあげてください。

 

参考文献:講談社「手入れがわかる雑木図鑑」https://bookclub.kodansha.co.jp/title?code=1000012407

 

庭のお話は、他にもたくさんあります。

https://www.marusei-j.co.jp/家の植栽ってどんな木がいいのでしょうか?/

庭をつくっている丸晴動画はこちら

https://youtu.be/9FT3Ux0jT-g

庭木の水やりの仕方って意外と知られていないかも!?

庭木の水やりの仕方ってご存知ですか?

えっ!?1日1回あげればいいんじゃないの?って思われている方も多いのではないでしょうか?

いえいえ。

庭木も意外と繊細で、時期によってあげる量やあげる時間帯が違います。

なぜその時間にあげないといけないのか。

なぜその時間にあげてはいけないのか。

知ると何となくあげるタイミングやコツなどが理解できるのではないかと思います。

ぜひ、理解して庭木を美しく育ててあげてください。

水やりの大切さ

植物は約80%~90%は水でできているため、水が無くなったら枯れてしまいます。

樹木の葉は、表面にある小さい孔(あな)=気孔(きこう)を開閉させて、二酸化炭素や酸素、水などの交換が行われています。晴れた日に日光を受けると、この気孔を開き、内部の水分を水蒸気として蒸散させ、同時に熱も放出して、温度を下げます。そして、内部の水分が足りなくなると、地中にある根から水分を吸収します。大地に根を下ろしている樹木は、水のある所へ根を伸ばして水分の吸収を行います。

よって、土が水分を保有していたり、水分量が少なく乾いていたりというような、水やりの方法を行うと、良く根が張って生育が良い状態となります。

自然の中では空気の乾燥や降雨などで、気温も湿度も一定ではありませんから、土の状態や樹木の状態を良く観察して、適切に行うことが大切です。

また、日照りなどで水不足の状態が続いた場合は、気孔を閉じて、水分の減少を防ごうとします。このような状態になると、葉の温度が上昇し、葉が焼けたり、最悪の場合は枯れてしまうこともあります。また、上の葉が水分を補おうとして、下の葉から水分を奪い、下葉枯れという現象となります。

このように、植物には自己を守る働きを備えてはいるものの、根から取り込める水がなくなってしまうような場所や環境では、植物は生存できませんので、このようなことにならないよう、継続的に人がお世話をしなくてはなりません。

 

水やりは根元にたっぷり

地植え直後の樹木には、2ヶ月間1日2回朝夕、木の根元にたっぷり水やりをしましょう。

冬に地植えした場合は、1週間に2日程度で大丈夫です。

たっぷりとは、水を弱く出したホースを、根元付近に置いて、ゆっくりジワジワと水を浸透させるようにし、表面だけでなく地中の根鉢や根の周りの土に水が染みこむように1分間あげ続けます。

通常の水やりにおいて、水のやりすぎは根腐れを起こす場合がある為、土が十分に湿っている場合は不要です。

ちなみに、花や葉の上から掛けるようにして水やりを行う人もいるようですが、このような仕方で水やりをした場合、花びらを多く持つ植物は花の奥に水が残りやすく、それが原因で花が腐ることもあります。

また、葉の部分が常に濡れた状態にあると、糸状菌による植物病害、いわゆる「うどんこ病」にかかる危険性もでてきます。

観葉植物などでは、あえて葉に水を与える「葉水(はみず)」という水やり方法もありますが、基本的な水やりの仕方としては、花や葉に水を与えるのではなく、土に対して水を与えるということを覚えておきましょう。

 

水やりの時間帯

水やりを行う時間帯は、植物が活動を開始する前の早朝の時間帯が最適です。

早朝が難しい場合は、夕方でも問題ありません。

しかし、夜になると、植物はほとんど水を必要としていないので、朝に水を上げるのが難しかったとしても、夕方に水をたくさんあげるようなことは避けましょう。
一晩中、土が湿った状態になってしまうと、病気の発生や根腐れにつながってしまう場合があるので注意が必要です。

植物は太陽の光を浴びて光合成を行いますが、光合成を行うには水が不可欠となっています。 そのため光合成を行う時間帯までには水をあげて活動できるようにしてあげます。そして、夜には土が乾いた状態になるのが理想的です。

 

春の水やり

春は、新芽を伸ばしたり、お花を咲かせたりする植物の成長や活動が活発な時期なので、水の量をたっぷりとあげることが大切です。春になると日中の気温も上昇してきますので、朝のうちにあげて、水の量も気温や乾燥具合などを見ながら、気温の上昇に合わせて、序々に量を増やしていって様子をみるようにしましょう。必要以上な水やりは、根腐れを引き起こすこともあるため、様子を見ながら調整をしてください。

春の水やり:1日~2日に1度、7:00~12:00

 

夏の水やり

夏の水やりで一番重要なのが、水やりの時間帯です。夏は気温が高く、とくに真夏の日中の時間帯では、35℃を超すことも多いので、人が暑い日差しで喉が渇くように、植物にも水分補給をというようにとあげてしまうと水がお湯状態となってしまい、根が弱ってしまうので、日中の気温の高い時間帯での水やりは、絶対に避けてください。

朝の涼しい時間帯に行うのが最も良いですが、難しい場合は、夕方の涼しくなった時間帯で行うようにしましょう。

朝、水やりを忘れて水枯れを起こしているような場合でも、すぐに水を与えるのは避けておきましょう。

夏の水やりでは、基本的に早朝と夕方の1日2回、ちょっと多すぎると感じるくらいの量を根元を中心とした範囲にあげてください。

夏の水やり:1日に2回、9:00までと16:00以降に

 

秋の水やり

最近では、秋でも日中の気温が夏場と変わらない時期もあり、夏の水やりの方法と特に大きな違いはありませんが、一番異なる点は、夜間の気温の変化です。

秋になると、日中は汗ばむ陽気でも、日が落ちると気温がぐっと下がってきます。気温が下がる夕方以降の水やりは、その頻度を少しずつ少なくしていくことが必要です。夏日になる日には、水やりを朝たっぷりと行い、曇りで気温の上がらない日などは、水やりを見送るというように、真夏の毎日の水やりから、序々に水やりの間隔をあけて、3か月間で毎日から3日に1回まで頻度を少なくするようにします。

 

秋の水やりは、毎日から3日に1回まで序々に減らし、7:00~12:00までに

 

冬の水やり

冬の水やりは、必要最低限にして、夕方以降は避けることが重要です。

冬の間は、気温が少し上がる午前9時頃に行うことと、夜間の凍結を避けるために夕方以降は行わないようにしましょう。この時期の樹木は多くの水を必要としません。地植えでは水やりはほとんど必要ありません。

冬の水やりは、1週間に1回程度、9:00頃に

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

庭木が活動を始める前に、水をやり、活動のない夜は控える。

真夏の暑い時期は水は暑くなってしまうため日中は避ける。

理屈を知ると、いつ水やりをするべきなのか必然とわかってきます。

庭木は生き物なので、放っておけば自然に育つではないのです。

手をかけて植えたのならば、手をかけて育ててあげましょう。

庭木の様子を見ながら、害虫にも気をつけて見守ってあげてください。

そして、美しい庭木を見ながら心豊かな暮らしをしていけたらいいですね。

 

害虫に要注意!こんなブログも書いています。

https://www.marusei-j.co.jp/テッポウムシとカミキリムシって?生態と予防と/

 

丸晴工務店で作る庭づくり動画

https://youtu.be/9FT3Ux0jT-g

 

丸晴工務店の夏季休業をお知らせします。

 

 

平素より格別のお引き立てを賜り暑く御礼申し上げます。

誠に勝手ながら、下記の期間を下記休暇とさせて頂きます。

皆様にはご不便をおかけ致しますが、何卒ご了承いただきますようお願い申し上げます。

 

夏季休暇期間

2023年8月11日(金)〜16日(水)

 

 

日本人にとって馴染み深い『畳』について知ろう

今回のブログでは私たち日本人に身近な畳についてお話しします。

畳と一口にいっても種類や敷き方などにはさまざまな違いがあります。

昔から使用されてきた畳ですが、最近では和紙でできた畳を使われる方も増えています。

それぞれの畳の特徴などをご紹介し、理解を深めていただけたらと思います。

畳の歴史

中世・近世では、居室の床は板敷きが標準であり、将軍や大名は、置畳といって広い部屋の一部に寝具や座具として畳を置いて使用していました。室町時代に書院造りが完成されてからは、小さな部屋から室内全面に畳を敷き詰めるようになり、置畳と区別して敷畳と呼ばれるようになりました。

 

畳の敷き方

畳を1室に敷き詰める場合の社会的な慣習を畳敷様(たたみじきよう)といいます。

婚礼などの祝い事では祝儀敷とし、逆に葬儀などの不祝儀の際には不祝儀敷とされます。畳を敷き替える風習は江戸時代頃から始まったといわれ、畳職人の間では、畳の敷き方に対して枕敷、回し敷、四居敷、縁敷などの呼び分けがあります。

 

畳の構造

畳床(たたみどこ)

畳の台となるもので、材料によって藁のみを使用する藁床、藁の間にポリスチレンフォ ームなどを挟んだサンドイッチ畳床、藁をまったく使わない建材畳床の3種類があり、サンドイッチ畳床と建材床を化学床と呼ぶこともあります。

藁床は、よく乾燥させた稲藁を植物油に浸した麻糸で締めながら縫い刺したもので、感触がよく丈夫で復元力がある点が化学床と比べて優れています。藁は縦横に積み重ねて糸で締められますが、この藁を3層に重ねたものを三段配、5層のものを五段配といい、 畳床の品質は重量があるほど、糸締めの縫目距離が短いほど上等品とされています。

一方、ポリスチレンフォームだけで構成されたものや、インシュレーションボードでポリスチレンフォームを挟み込んだ建材畳床は 断熱性に優れ、水を吸わず軽くて施工しやすいなどの長所をもちます。また、ポリスチレンフォームの上下を藁で挟んだものは、 藁床の味わいや吸放湿性があり、軽くダニの発生の心配のない畳床で、最も普及しています。

畳表

畳表は畳の表層に張る乾燥したい草を緯糸にし、織り上げるものですが、このい草の種類や品質、織目(数)によって畳表の質が 決まります。

材料となるい草はイグサ科の多年生植物で、熊本県・福岡県・高知県・岡山県などで栽培されています。真夏に刈り取り、染土と呼ばれる泥のなかに漬けて染め、乾燥させた後に選別したものを使用します。この泥染めの工程が畳独特の色合いと香りを生み出します。

 

畳の種類

現在使用されている畳は大きく分けて二種類になります。

それぞれの特徴をご紹介します。

い草を使った畳

日本で昔から使われてきた天然素材の畳です。

畳は、畳床に畳表を被せて縁を付け、 床一面に敷き詰める建築材料で、主に藺草(いぐさ)・藁布などを用いてつくられます。高温多湿の日本の風土に最も適した床材の1つとして、今日まで広く使用されています。 畳床の藁も畳表のい草も中空のストローのような構造であるため、弾力性・断熱性・保温性に優れ、 適度に水分を吸収して乾燥時に吐き出す、湿度調整の機能も併せもっています。

また、耐久年数は4、50年と、新建材の倍近くです。

このように優れた機能を持つ天然素材の畳ですが、天然の藁床を使用する際は虫の心配があります。

そのほか、藁を作る農家さんが減っており価格が上がっていることもあり、天然の藁床を使用する機会があまりない現状があります。

 

和紙を使った畳

DAIKENの和紙畳、『健やかおもて』をご紹介します。

和紙畳表は、イ草に近い手触りや質感を再現しつつ、高い機能性を付与した工業生産の畳おもてです。

カビの発生やダニの増殖を抑え、快適さを長くキープ。畳の醍醐味を存分に味わえる健やか仕様の本格派です。

DAIKENの畳おもては機械すき和紙をこよりにして、糸をつむぐように肌ざわりのやさしさを実現。しかも、こよりを樹脂加工することで撥水性や強さもあります。

 

畳のへりの種類

縁付畳(ヘリつきだたみ)と縁無畳(ヘリなしだたみ)

畳は長手(長さ方向)の縁に畳縁の付く縁付畳と付かない縁無畳があります。また、 片側のみ縁のある片縁畳もあり、主に、地板を狭くつくった床脇に差し込む際に用いられます。 縁無畳は坊主畳ともいわれ、柔道場や農家の作業場では以前から使われてきましたが、最近では、空間を広く見せるために使用することも増えています。

縁付畳
縁無畳

畳縁(たたみべり)

畳表の長手(長さ方向)の縁を、畳に固定する目的で付けられる布製の縁を畳縁といいます。

畳縁は大きく無地縁と柄縁に分けられ、柄縁には格式の高い紋縁も含まれます。 建物や部屋の格式、用途によって使用上の約束事がありますが、一般住宅の座敷では柄縁か無地縁、茶室には無地の紺縁、床の間の縁は紋縁(高麗縁)とします。

 

丸晴工務店の畳使用例

縁無畳を使用した和室

小上がりの畳スペース

布団で寝る寝室

 

最後に

には床材としての様々な良さがあります。程よい硬さとクッション性を兼ね備えているため非常に心地よく過ごすことが出来ます。そして何より独特の風合いが魅力的です。

昔から使用されてきた天然素材のい草を使用した畳、最近ではダイキンさんの健やかくんなど和紙でできた畳を使われる方も増えています。畳は、客間にしたり、食事をしたり、横になってくつろいだりもできる汎用性の高さがあります。そんな畳をお家に取り入れてみるのはいかがでしょうか。

 

参考文献:「和風デザイン図鑑」

参考文献:DAIKENホームページ https://www.daiken.jp/buildingmaterials/tatami/

 

そのほかの素材についてのブログはこちらhttps://www.marusei-j.co.jp/%e5%b1%8b%e6%a0%b9%e6%9d%90%e3%81%ae%e3%80%8c%e7%93%a6%ef%bc%88%e3%81%8b%e3%82%8f%e3%82%89%ef%bc%89%e3%80%8d%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e7%89%b9%e5%be%b4%e3%81%8c%e3%81%82%e3%82%8b/

屋根材の「瓦(かわら)」ってどんな特徴があるか知っていますか?

神聖木として高貴な『檜(ヒノキ)』

『木』のお家と言っても、どんな木があって、どんな特徴があるかご存知ですか?

私は、今まで全く知りませんでした。

意外と知らないことも多く、でも知ることで家を建てるときに、その場所場所にあった『木』を選ぶことができますし、一つ一つ家に使われた木々に愛着を持つことができると思います。

経年が魅力の『木』を楽しむためにも、ぜひ、これを見て一つずつ知識が広げていき、見た目や雰囲気だけでじゃなく、自分好みの木材が選べるようになってもらえたらといいなと思います。

今回は、神聖木として高貴な『檜(ヒノキ)』についてお話しします。

ヒノキとは?

檜(ヒノキ)は、高さが30〜40メートル、直径は1メートルほどの常緑高木の針葉樹で、

材の色は、淡紅白色。肌ざわりはなめらかで、独特のつやと香りがあります。

強度にすぐれ、狂いが少なく、耐久性はトップクラスで、軽く柔らかいので活用範囲が広く、肌めが非常に緻密で、均質な材料が必要な用途に適しています。

心材は特に耐朽性が高く湿気にも強いです。

そのため、古代より建築材料として重用されてきました。

現在の住宅でも、柱・土台・梁・桁・床・母屋・鴨居・敷居などさまざまな部分に使用されています。

また、建具、家具、風呂桶、工芸品、彫刻などにも使用されます。

スギに比べると、やや乾燥した土地を好みます。ただし、スギよりは生長が遅く、手入れも多く必要とされています。

木曽(長野県)をはじめ、東濃(岐阜県)、吉野(奈良県)、尾鷲(三重県)、紀州(和歌山県)、土佐(高知県)、美作(岡山県)、静岡県などが産地として知られています。

【樹名】

 ヒノキ

【科名】

 ヒノキ科ヒノキ属

【心材の色】

 帯黄白淡褐色

【辺材の色】

 淡黄白
【産地】

 福島県東南部以南の本州、四国および九州

【加工性】

 木質が軽軟なため容易
【主要用途】 構造材、造作材、家具材、建具材
【有名箇所】 長野県木曾・岐阜県裏木曾・木曾谷

【生えている場所】

山の中腹から尾根筋の斜面

 

貴重な材木 ”ヒノキ”の歴史

太古の昔、日本人は森に住み、森から食料を直接得たり、木々の貯えた豊かな水は「森のダム」として人々の生活を潤し、稲作農業を可能にしました。そして、四季折々の自然の美しさや厳しさ、森林や大地からの恵みの大きさが、日本人の自然に対する祈りの心を育んできました。

このような中で、わが国は独自の林業及び木の文化を発達させてきました。

そこで、日本人にとって無くてはならない木材として使われるようになったのはいつ頃の話でしょう。

遺跡から出土する木材の樹種を全国的に調べてみると、

ヒノキの木材は、スギの丸木船が出土したことで知られている福井県三方郡三方町の鳥浜貝塚遺跡が最も古いそうです。

縄文時代

この遺跡では、縄文時代の草創期から前期にかけて(約1万年前〜6千年前)の地層から出土した自然木(昔の人々が利用した痕跡のない木材)約3200点のうち20点がヒノキでした。

この遺跡で人々が利用した木材の中で最も古いものは約1万年前の杭でわずか2点ですが、約6千年前の縄文時代前期になるとたくさんの杭、板材、そしてスプーン状の木器、また彫刻のある細長い板などがあり、生活に密着したヒノキ材の利用が既に見てとれるようになっていきました。

しかし、ヒノキ材の木材利用は縄文時代を通して他にはあまりありません。ヒノキ材が他の木材より特に利用されるようになるのは、弥生時代になってからでした。

弥生時代

弥生時代の中期になると木材資料はやや増えていき、後期ともなるとどの遺跡からもヒノキ材が出土するようになり、板材などに加え、高杯・木棺・鳥形などさまざまに利用されたことがわかります。更に時代が下って古墳時代、そして歴史時代にはいるとこれは更に顕著になり、奈良・平安時代ともなるとヒノキ一辺倒ともいえる木の文化が開花します。

古墳時代を経て大和朝廷が成立し、近畿地方にその王都を造営するようになりますが、中国からは仏教のみならず政治・行政のシステムと文化をも取り入れました。中国をまねた王都造営にあたってはこれまでにない大きな建築物が数多く建てられ、そこには大量の木材が用いられ、その主要な部分がヒノキでした。古代の最大の都と言える平城京の建物の柱の樹種調査では、約6割がヒノキ、3割がコウヤマキでした。

この時期、ヒノキは柱材などの建 築材ばかりに使われたのではありませんでした。

箱もの・指物・家具など、曲物・折敷・ 桶など、木簡、それに斎串・人形・刀 形などの祭祀具などにはほとんどヒ ノキが使われていました。

木一本、首一つ

また、戦国時代以降、木材消費が急激に増加する中、木曾の木材は昔から良質で、江戸城の築城や造船、土木用材等、様々なところで利用され、木曾はヒノキの産地として注目されてきました。そして、「木曾式伐木運材法」などの技術を発達させてきましたが、技術の発達とともに木材資源の枯渇の危機から、森林保護政策として「停止木制度(ちょうじぼくせいど)」を設け、ヒノキ、サワラ、アスナロ、ネズコ、コウヤマキの伐採を禁止しました。

停止木制度は、ヒノキの保護を目的とし、ヒノキに外観が似て、かつ利用価値の高い樹種も禁止木に選びました。禁止木を伐採した者への罰は、「木一本、首一つ」と呼ばれるほどで、厳罰に処されました。

森林保護制度によって保護された樹種は「木曾五木」と呼ばれ、現在は木曾谷の名産品となっています。 

天然ヒノキと人工林のヒノキ

ヒノキの植林は各地で盛んに行われていますが、天然ヒノキの群生地は木曾谷以外にはほとんどありません。

大半のヒノキは植林材です。

天皇家の御料林と、伊勢神宮の関係者が社木の最大規模の管理組織で、これが木曾谷にヒノキが純林として残っている主因です。

日本人の天然ヒノキに対する愛着は深いものがありますが、どんなに厳しい森林管理をしても資源は枯渇する一方です。

木曾地区では、林野庁が伐採後の山に間髪を入れず植林をしているので、面積比率からみると木曾の山は天然林とはいえず、むしろ梢林地区になってきています。ヒ ノキはスギに比べて造林された若木でも需要があるので、ヒノキの植林がスギよりも多くおこなわれています。 その他の産地でも植林に力を入れていて、三重県の尾鷲地区、奈良県の吉野地区、静岡県の天竜地区が建築材の有名ブランド産地として知られています。

植林されたヒノキでも下枝打ちなどの管理を丹念にしながら育て、100年以上の長年月を経ると、表皮に近い 部分から急速に年輪幅が詰まり天然木のような木理を呈してきます。

 

ヒノキの強さ

古い神社やお寺に使われている柱などを調査したデータによれば、ヒノキ材は伐採されてから200年くらいまでは、圧縮・曲げなどの諸強度はやや上昇し、その後は緩やかに減衰し始めます。衝撃曲げ吸収エネルギーは伐採後300年までの間は30%ほど低下するものの、それ以降においてはほとんど変わらないという学術報告があります。

同じく寺社に多く使われているケヤキ材は、 伐採後300年辺りから急激にセルロ ースの崩壊と結晶化が始まり脆くなるので、ヒノキよりも耐久性が乏しいといわれています。ヒノキはあらゆる面から見て最高の構造材といえます。

天然ヒノキは仏像彫刻に多く使われ、国宝になっています。春慶塗の木地、櫛、木槌、道具の柄、梯子、額縁 などの小物の用途があります。ヒノキの枡は有名で、1升枡は江戸時代の計量器具の中でも一番多く使われていた道具です。

写真提供者 株式会社nojimoku さん https://nojimoku.jp/
写真提供者 株式会社nojimoku さん https://nojimoku.jp/

 

ヒノキにまつわる神話

むかし、出雲の国(現在の島根県)に、

ひとつの体に頭が8つ、尾が8つある大蛇

ヤマタノオロチがあらわれました。

その大きさは8つの山と谷を渡るほどで、

背中はコケにおおわれ、

スギ、ヒノキ、クスノキの大木が茂っていました。

 

ヤマタノオロチは、

毎年あらわれては村の娘を襲っていきます。

それを知ったスサノオノミコトという神様は

「8つのおけに酒をいれて置いておきなさい」と村人に命じました。

そしてその夜、ヤマタノオロチがあらわれ、

酒をガブガブと飲み、酔っぱらって眠ったところを退治しました。

 

ヤマタノオロチを退治した後、スサノオノミコトは、

自分のひげをぬいて土に散らすと、なんとスギの木に変わりました。

さらに、まゆ毛はクスノキ、胸の毛はヒノキ、尻毛はマキに。

「スギとクスノキは舟、ヒノキは宮殿、マキは棺桶にしなさい。」と命じました。

 

とても面白い話だったのでご紹介しました。

「日本書紀」で描かれたこのお話は、土石流を大蛇のヤマタノオロチに見立てて、

植林や木の使い方を後世に伝えていきました。

今も昔もヒノキは高級建材として考えられていたようで、

実際に、日本ではヒノキは法隆寺や伊勢神宮をはじめとした神社仏閣の神聖木として使われてきました。

 

ヒノキでつくる

神聖性、美観性、耐久性の全てを兼揃えたヒノキは、多くのものに使われています。

ヒノキは木造住宅の中で構造材から内装材にまで幅広く用いられています。

「水に強い」という特性を活かし、フローリングの床材や檜風呂などに活用されることもあります。

丸晴工務店では、水に強いということだけでなく、50年60年、、、と末長く住い続けていただきたい。

その気持ちから、ヒノキ材で強度のある柱を、経年変化を楽しめる柱や床を使い続けています。

写真提供者 株式会社nojimoku さん https://nojimoku.jp/

 

まとめ

檜と木曽檜(天然檜)は同じ樹種ではありますが、一般住宅に使われてきたのが檜。

この檜というのは、東濃(岐阜県)、吉野(奈良県)、尾鷲(三重県)、紀州(和歌山県)、土佐(高知県)、美作(岡山県)、静岡県などが主な産地。
一方で、伊勢神宮など、文化財レベルの社寺仏閣に用いられてきたのが木曽檜(長野県)。
同じ樹種でも、材木の世界ではまったく別物というほど扱いが違うそうです。
それでも、檜は多くの方に好まれ使われてきました。
この神々しいヒノキの材をさらに多くの方に触れたり感じたりして頂き、その柔らかさや心地よさ、そういった五感にうったえかけていけたらいいなと思い、丸晴工務店は『檜(ヒノキ)』を使い続けています。

 

 

参考文献:「木材大辞典」「日本書紀」「木の文化」

参考文献:中部森林管理局 https://www.rinya.maff.go.jp/chubu/kiso/morigatari/kisogoboku.html

丸晴工務店でこの度、社員大工を募集します。

丸晴工務店でこの度、社員大工を募集します。

新卒採用
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木造住宅の施工・造作、現場監理、お客様対応など、家づくりの工程に関わる仕事です。

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2023年度 第1回多摩川建築塾 堀 啓二さん「成長する家 時間を織りなす住まい」

小さな頃から絵を描くのが大好きで、手を動かして物を作ることが好きだった堀さん。

たまたま美大に建築科があることを知り、東京藝術大学美術学部建築科に通われました。

技術的なことや図面の書き方を学ばれましたが、それよりも建築がどうあるべきか、居心地の良い建築とはどういう物なのか?居心地の良いプロポーションの良い建築とは?など、そういったのを学ぶために、良い建築をたくさん見て自分で体験し、吸収して学んでこられたそうです。

新しい生活や人の生活はその時々でライフスタイルが変わるので、末永く使い成長していく、歴史を刻み、時を織りなすような住まいが重要であると説く、堀さんの現在は、大学施設や集合住宅を中心に建築をされています。

現在の大学施設を設計するにあたり、コンペに参加して行いますが、このコンペに参加するためには実績がないと参加ができません。それが堀さんはどうしても納得がいかないとおっしゃいます。若くして独立している設計士など実績がないものがコンペにすら参加できないのはおかしな話だと。

そんな思いを熱く語られ、堀さんの優しい人柄が垣間見れたような気がします。

優しい人柄は設計にも表れており、大東文化大学の設計は、学生たちの活動がファサードとなる空間、半屋外廊下にすることで学生たちの溜まり場となり、コミュニケーションの場が生まれます。またそうすることで空調負荷などなく環境に配慮した建物になっています。

 

 

福島県にある小高交流センターは、地元福島県産の杉材を使用した、帰ったら気軽に立ち寄れる、昔の町屋を継承しながら街に溶け込むような建築を目指して作られました。

美観を保つため、中央に柱を立てず寺社仏閣でも使われる持ち出しの構造を現代風にアレンジされ開放的な空間を作られました。

建築家の役割として、

人と人、人と環境を繋げること。人の生活そのものを再現していくこと。

100年残る建築を作っていくこと。

そのためにも、過去の人たちのいい作品や昔の人たちの知恵を吸収し議論して、組み立て直していくのが重要である。

閉じていく世界になってきているけれど、他者と関わり合い、自然と共存でき、街に開かれた住まいを作っていく必要があるとお話しいただきました。

プロジェクトを交えながら具体的にお話しいただいた内容は、自然光の取り入れ方や自然通風の入れ方など、そういった図面を見ながらのお話しは塾生の特権なので、今日はここまで。

 

 

丸晴工務店の最新ブログ:https://www.marusei-j.co.jp/奈良県の吉野杉ってどんな特徴があるの?製材所/

丸晴工務店の最新動画:https://youtu.be/v3YUaX1HaUk

奈良県の吉野杉ってどんな特徴があるの?製材所を訪問してみた。

本回は、日本の建物に多く使われている杉の中でも『吉野杉』について注目しました。

吉野杉の特徴や、実際に吉野の製材所へ訪問し、学んだことをご紹介したいと思います。

『吉野杉』とは

吉野杉は奈良県吉野地方に古くから植林された民有林材です。

樹脂分 がほどよく含まれ、手垢がつきにくいために、造作材としても喜ばれます。柱や造作に用いられる、赤杉とよばれる赤味の濃いものは、経年変化によっても秋目がよくのこり、高く評価されています。

 

長い歴史を支えてきた奈良の木

奈良や京都の都が栄えた時代から利用されてきた吉野の木。当初は天然木を伐っていたものの、築城などの木材需要により植林も盛んに行われるようになりました。吉野林業は400年近い長い歴史があります。

吉野で林業が盛んに行われてきた背景のひとつに自然環境があります。吉野の川上や黒滝、 東吉野辺りの山は保水と透湿性に優れているほほか、植物の育成に必要な栄養が多く含まれる土壌です。年間雨量が多く温暖な気候条件も大きな恵みとなっています。 

 

「山守制度」という独自の制度

吉野林業には「山守制度」という独自の制度があります。これは山を所有する者(山主)と山を管理する者(山守)を分ける制度。一般的な林業では日々手をかけても木が育つまでお金が入りませんが、この制度では山主に代わり山守が現場で木を育てる役割を果たします。 山主から毎年世話代をもらうことができる上、木の購入権も優先的に認められるとあって山守 は一生懸命に山を育てるのだといいます。山主と山守の厚い信頼関係により、丁寧に作り上げられた山は吉野杉や吉野桧の付加価値とされてきたのです。 

 

3倍の密度で植える「密林」

吉野林業では、密植という方法で良質な木を育ててきました。 一般的な林業では1町歩(約1万m2)あたり約3,000本植えるのが植林の目安ですが、吉野林業ではなんと1町歩8,000本から10,000本もの木が植えられます。密集して木を植えることで木の成長を遅らせ、目の詰まった木を育てるのです。 年輪幅が狭く強度のある木になる上、木目も美しいため木の質としては申し分ありませんが、太い木に育つには年月が長くかかるということになります。

 

阪口製材所の取り組み

ここからは、先日訪問させていただいた、阪口製材所さんについてお話しします。

吉野町で70年の歴史を持つ製材業者「阪口製材所」を訪ねました。

 

一棟まるごと提供

1本の木を余すことなく利用しながら、住宅一棟分全ての木材を納めるというもの。「木の太い部分、細い部分それぞれに利用方法があり、その全てをうまく使えば家が建ち、木の価値を高められる」とい仰っていました。人の都合で「いいとこ取り」をしていては山は生きられない。木を余さず使い切り無駄を出さないことは、コストダウンにもつながります。 

 

天然乾燥木材

山から切り出され水分を含んだ材木の強度を保ちながら、割れや反り、シロアリやカビを防ぐためには乾燥が必要です。乾燥炉に2~ 3週間置く人工乾燥に対して、化石燃料を使わない自然乾燥は最低でも1年。手間やコストはかかるものの、 本来持っている色艶や粘り 強さがあり、何より住まう人に優しい木になるそうです。

 

「一棟丸ごと提供」と「天然乾燥」のため、常時100棟分以上の木材を保有しています。これは、管理の手間や場所など負担も大きいですが、一定の乾燥品質を保った木材をいつでも届けられることがニーズに応えられる方法だとお話しされていました。「良いものをすぐに提供することが自分たちの義務」だと、阪口さんは話します。 

 

実際に木材を見せていただきました。ずらりと積み上げられた杉材は圧巻です。

 

丸太の状態で積んであります。皮がそのままの状態です。

 

木材を外に置いてあるのをみて、雨にあたってしまうと木材は乾燥しないではないか?と疑問に思い質問ました。それは全く問題ないそうです。雨に当たっても外に置いておけば、水分は抜けていきます。雨に打たせることで、色が平均化するという良いことがあるそうです。

 

長い乾燥によって割れが入るのを防ぐため新聞紙が貼られていました。木口割れの被害を最小限に留める為に、鎹(かすがい)を打ち込んだり、割れ止めののり(木工用ボンドを水で薄めて使用したりする)を木口周りと表面の板目部分に塗るなどします。

 

最後に

阪口さんのお話で印象に残ったのが木の本来の性質を伝えることも大切にしているということです。木は割れる、曲がる、狂う、腐る。そんな木の短所と言われる性質をきちんと説明したうえで、同時に木の良さも感じてもらう。節を見せたくない部分では綺麗な材を使い、節があっても気にならないような家の見えない部分には節のある部分をを使用して材を余らせません。

 

建材としての強度や機能性といった面だけでなく、 奈良県産材はその見た目の美しさからも称賛されています。このような良質な木材は大変な手間暇をかけて育てられ、私たちの手元に届き、木の温もりを感じられる住宅に生まれ変わっているんですね。

 

参考文献:奈良の木マーケティング協議会「奈良の木が住まいになるまで」

今回お世話になった「阪口製材所」さんのホームページはこちら

https://wood-sakaguchi.jp/

そのほかの木についてのブログはこちら

黒檀

https://www.marusei-j.co.jp/%e5%ba%8a%e6%9f%b1%e3%81%ae%e6%9c%80%e9%ab%98%e7%b4%9a%e5%93%81%e3%81%a8%e3%82%82%e5%91%bc%e3%81%b0%e3%82%8c%e3%82%8b%e9%bb%92%e6%aa%80%ef%bc%88%e3%82%b3%e3%82%af%e3%82%bf%e3%83%b3%ef%bc%89/#i-2

銅板・チタン・ガルバニウム鋼板を屋根材に使うなら?

前回、瓦屋根について書きましたが、屋根には他にも種類があり、耐久性とコストを考えて金属屋根にする方も増えてきております。

昔から使用されてきた趣きある銅板の屋根。それに変わるチタン屋根。最近では、ガルバニウム鋼板という金属の合わさった材料を使われています。

どれがいいかと比べるのもいいのですが、今回はどんなものなのか特徴をお伝えし、ご自身に合った屋根選びをして頂ければ幸いです。

銅板

銅の歴史は同時に人類の歴史といわれています。

古代の化学技術史による化学の起源は、

第一に「火を燃やす」ということ。

第二に「調理術」で熱もしくは酵素の作用で蛋白質と炭水化物を分解したこと。

第三は「製陶術」の発見ということで、粘土の焼き方を知ったことです。

三つの発見は黎明期(時代の始まり)における人類によってもたらされたものです。

金属については,浅い川床に輝く特殊な石に興味をもち、その石を叩いて薄い板にしたり、ピンの形をつくったりしました。

さらに地表に顔を出す奇効なかたちをした自然銅塊を発見し、一種の研究的思考かが始まり、こうした行動が銅という金属を発見する起源となりました。

これらの自然銅塊は光輝性緑色の「石」 である「くじゃく石(マラカイト)」であり、また、「藍銅鉱(アズライト)」でした。

マラカイト
マラカイト
アズライト

 

それでは人類が鉱石を製錬すると銅がつくり出せることに気付いたのはいつ頃のことでしょうか。

これには各種の学説があります。

一説によれば、最古の銅器類は「くじゃく石」を製錬してつくられたといわれています。

人類最初の文明はバビロニアのエラム地方で、この地域で製錬術が始まりさらにチグリス・ユーフラテス河流域で本格的な冶金学が 起こったと推定されています。

日本における銅建築文化

日本に青銅器文化が始まったのは弥生時代の初め(紀元前300年頃)で、終末は古墳時代の前期(紀元400年)でこの間約700年の間に、各種の銅器、青銅器かつくられましたが、日本の青銅器文化は、大陸からもってこられたことは確かとされています。

特に銅鉾(どうほこ)、剣、文などが西日本を中心に数多く発掘されていることからもその事実が読み取れます。

日本の原料の銅鉱

708年頃武蔵国秩父郡から初めて自然銅か発見され、元明天皇に献上され年号も「和銅」と改められました。

以後銅材で貨幣を鋳造する鋳造司が置かれたことは歴史的に有名で、時の通貨を和同開称と称されました。

その後関東では慶長十五年(1610年)に足尾銅山が発見され、さらに愛媛で元禄三年(1690年)に切上長兵衛という人により別子銅山か発見され、当時日本では最も最高の銅山といわれました。

こうした国産の銅資源による銅か建造物に利用されるようになったのは,加工技術の問題から鋳造による社寺仏閣の仏像、仏具、飾り金物、また塔、梵鐘などの青銅器に始まります。

特に大和地方は平城京による都が栄えたこともあり、興福寺の梵鐘(727年)、薬師寺 東塔(730年)、法隆寺夢殿(739年)、続いて747年には東大寺の大仏の鋳造が開始されました。

 

わが国最古の銅板屋根

屋根に銅板が初めて使われたのは、天平神護元年(765年)に奈良の西大寺創建に際し、銅塊を瓦状に鍛金加工し用いられたことが『七大寺巡礼私記』 に記載されています。

そもそもこの西大寺は称徳天皇が奈良の東大寺に対する寺として建立されました。

西大寺は薬師金堂と弥勒金堂の二つの金堂から成り、唐の建築様式を積極的にとり入れました。

このように、わが国における建造物への銅の利用は杜寺 仏閣から始まりました。

当初、屋根用に用いられた銅は精錬され、精銅としてさらに叩いて薄く加工し使用されました。

この伸板に加工される原料は、関東では慶長 十四年に足尾銅山が発見され、関西では元禄三年に別子銅山がそれぞれ採鉱を始め精銅を生産しました。しかし 当時の採鉱から精練に至る過程は大変な作業の繰り返しで困難をきわめました。

 

銅板屋根の性質

耐久性

銅は非常に強く、錆びにくいため、銅屋根は非常に耐久性があります。一般的に、銅屋根は50年以上持続することができます。

軽量性

銅は比重が軽いため、銅屋根は軽量で、建物の荷重を軽減することができます。

美観性

銅屋根は美しい光沢を持っており、建物の外観を向上させることができます。また、時間が経つにつれて、銅は自然に酸化し、独特の色合いを生み出すため、美しさが増します。

耐火性

銅は非常に耐火性が高く、火災のリスクを減らすことができます。
耐腐食性: 銅は耐久性があり、錆びにくいため、腐食に対する耐性があります。また、銅は塩水や酸性の環境にも耐えることができます。

経済性

ガルバニウム鋼板の3〜4倍

 

防火性のこんなお話

大正十一年九月関東大震災が発生し、東京周辺は 焦土と化しました。

当時いち早く震災の復興資材として 利用されたのが銅板で、店舗や住宅の屋根・壁面など化粧張り建築が競って利用されました。この時代の住宅に使用される銅板葺き屋根の一坪 当たりの重量は11キロ余りであったのに対、土瓦 葺き屋根の重量は225キロ内外で、 大変屋根の重い土瓦の住宅が多区ありました。

土瓦以外の屋根材としては 亜鉛鉄板とスレ ー トがあったのみで、特に関東大震 災では火災による焼失が多く、このため、復興本建築には防火性,耐久性に優れた銅板が多く用いられました。関東大晨災の復興になぜこれだけ多くの銅板が使用されたかについては二つの理由がありました。

一つは 、東京が地震と火災で全滅し機能が停止し、建築材料 の入手が困難な状況の中に、銅板だけは資材として 充分確保 され、しかも防火材として非常時に対してメ ー カ ー側の対応が早く積極的に活動したこと。

二つめは、当時内外の経済が不況で銅価が下落し、一般庶民でも充分使用できる価格でした。

こうして関東大震災の復興に役立った当時の銅壁建築は、 現在も東京の中央区, 台東区, 墨田区などに数多く現存しています。因に、 大正九年十二月一日に施行された市街地建 築法の「第八 防火地区」の項において金属板のことが記載され、銅板は防火材として法規で認められました。

 

チタン

チタンが使われるようになった経緯にはこんなところからだそうです。

銅は緑青になれば皮膜ができ、侵食されずに40年から50年と保っていました。

しかし、ある住宅で瓦葺き屋根の谷板に厚さ0.4mmの銅板を使ったところ、12年で穴が空いてしまったそうです。

他でも似たような現象が起こったので調べたところ、いずれも起り(むくり)屋根だったので銅の伸び縮みによってクセがつき、同じ箇所ばかり屈折して金属疲労が起こってしまっていたそうです。

また、もう一つの腐食の原因として、瓦に問題がありました。

それは、瓦を薪で焼いていた時代は良かったのですが、重油やガスで焼くようになるとそれらで焼いた瓦には、銅を腐食する化学物質が残っていたそうです。その化学物質と酸性雨が一緒になり銅を腐食させていたそうです。

そうして、銅からチタンが使われるようになっていったそうです。

Detail of a Titanium Roof

チタン屋根の性質

耐久性

瓦屋根の約1/13の軽さで、地震の揺れを軽減。

屋根部が重いと地震の際に建物上部の「横揺れの振り幅」が大きくなります。金属屋根で最軽量のチタン屋根は「横揺れの振り幅」を最小限に抑えられます。

チタンは非常に軽量でありながら、耐久性が非常に高い素材です。そのため、チタン屋根は耐久性が高く、長期間の使用にも耐えることができます。

耐熱性

金属屋根は真夏の猛暑時など表面温度が80℃を超えることがあります。その高熱により屋根材がミリ単位で膨張します。

そのため屋根材の固定箇所を傷めたり、屋根の歪みを引き起こすことがあります。

チタンは熱による伸縮性が小さく、銅板と比較して熱による伸び縮みは約1/2に抑えられます。

そのため、日射熱による屋根の歪みや、屋根の固定箇所の負担を半永久的に軽減いたします。

耐腐食性

チタンは腐食に強く、錆びにくい素材であるため、屋根の表面に付着する雨水や空気中の化学物質による腐食にも強いです。

美観性

チタン材の表面は安定した酸化皮膜に覆われているため、屋根に使われる金属素材の中では比類なき耐食性能を誇ります。

通常の建材使用環境で腐食する可能性は皆無です。

また、見た目の色彩に関しても塗装ではなくチタン材の酸化皮膜そのものの素地色のため紫外線や海塩粒子による劣化の心配はありません。

光沢のある美しい表面を持ち、豊富な色彩があります。そのため、建物の外観にも大変美しく、高級感を演出することができます。

経済性

ガルバニウム鋼板の4.5倍ほど

 

ガルバニウム剛板

ガルバリウムは、めっき金属として純亜鉛ではなく、アルミニウム +亜鉛+珪素 の合金をいいます。

アルミニウムはめっき層表面に強固な不動態皮膜を形成して、めっき層を保護する働きを持っています。

亜鉛は、犠牲防食と言って、水中などの腐食環境下において鉄よりも先に亜鉛が溶け出すことで、原板である鉄の腐食を防止します。

そのため亜鉛が腐食し、腐食生成物がめっき層の腐食進行を抑制し、亜鉛が腐食して空いた穴の部分をアルミニウムが保護するため、全体として高い防食性を発揮します。

そのガルバニウムを施した鉄(鋼板)の建材をガルバニウム鋼板と言います。

詳しく書いた記事はこちらhttps://www.marusei-j.co.jp/外壁材のガルバニウム鋼板について/

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

金属屋根と言ってもたくさんの種類があり、今回は主な金属でしたがそれぞれの成り立ちや特徴など理解していただけたのではないでしょうか?

最近ガルバニウム鋼板が選ばれている理由としてもやはり、建材などが値上がりし経済面を考えて、でも耐震性や耐久性を落としたくない。そういった希望もあって総合的に選ばれている方が多いということなのかもしれませんね。

これらを参考にご自分に合った屋根材が見つかるといいですね。

そのほかの屋根材

 瓦屋根について https://www.marusei-j.co.jp/屋根材の「瓦(かわら)」ってどんな特徴がある/

 

参考文献:建築資料研究社「和風建築シリーズ”屋根”」

    :株式会社カナメhttps://www.caname-jisha.jp/titan/

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