2023年度 第1回多摩川建築塾 堀 啓二さん「成長する家 時間を織りなす住まい」

小さな頃から絵を描くのが大好きで、手を動かして物を作ることが好きだった堀さん。

たまたま美大に建築科があることを知り、東京藝術大学美術学部建築科に通われました。

技術的なことや図面の書き方を学ばれましたが、それよりも建築がどうあるべきか、居心地の良い建築とはどういう物なのか?居心地の良いプロポーションの良い建築とは?など、そういったのを学ぶために、良い建築をたくさん見て自分で体験し、吸収して学んでこられたそうです。

新しい生活や人の生活はその時々でライフスタイルが変わるので、末永く使い成長していく、歴史を刻み、時を織りなすような住まいが重要であると説く、堀さんの現在は、大学施設や集合住宅を中心に建築をされています。

現在の大学施設を設計するにあたり、コンペに参加して行いますが、このコンペに参加するためには実績がないと参加ができません。それが堀さんはどうしても納得がいかないとおっしゃいます。若くして独立している設計士など実績がないものがコンペにすら参加できないのはおかしな話だと。

そんな思いを熱く語られ、堀さんの優しい人柄が垣間見れたような気がします。

優しい人柄は設計にも表れており、大東文化大学の設計は、学生たちの活動がファサードとなる空間、半屋外廊下にすることで学生たちの溜まり場となり、コミュニケーションの場が生まれます。またそうすることで空調負荷などなく環境に配慮した建物になっています。

 

 

福島県にある小高交流センターは、地元福島県産の杉材を使用した、帰ったら気軽に立ち寄れる、昔の町屋を継承しながら街に溶け込むような建築を目指して作られました。

美観を保つため、中央に柱を立てず寺社仏閣でも使われる持ち出しの構造を現代風にアレンジされ開放的な空間を作られました。

建築家の役割として、

人と人、人と環境を繋げること。人の生活そのものを再現していくこと。

100年残る建築を作っていくこと。

そのためにも、過去の人たちのいい作品や昔の人たちの知恵を吸収し議論して、組み立て直していくのが重要である。

閉じていく世界になってきているけれど、他者と関わり合い、自然と共存でき、街に開かれた住まいを作っていく必要があるとお話しいただきました。

プロジェクトを交えながら具体的にお話しいただいた内容は、自然光の取り入れ方や自然通風の入れ方など、そういった図面を見ながらのお話しは塾生の特権なので、今日はここまで。

 

 

丸晴工務店の最新ブログ:https://www.marusei-j.co.jp/奈良県の吉野杉ってどんな特徴があるの?製材所/

丸晴工務店の最新動画:https://youtu.be/v3YUaX1HaUk

第6回多摩川建築塾 横内敏人講師の「扇屋根の家」が出来るまで

第6回多摩川建築塾が開催されました。

今回の講師は、「建築家 横内敏人」講師でした。(横内敏人建築設計事務所

時代はどんどん変わり、人の美意識なども移り変わっていきます。

住宅は、変わらないものをベースに設計しないと永く住める家にはならない。と横内さんは言います。

人にとっての変わらないものとは何なのか?

それは、人の「遺伝子」。

これは太古から変わらないもので、この「遺伝子」に伝わるものを作らないといけない。

太古の昔、人は外で過ごすことが多い生活をしており、そんな中で居心地のいいところというのが、「木の下」の木陰。

もう一つは、「ほら穴」のような壁に囲まれた空間。

火があるとなおいいですね。と横内さんは言います。

この開放的空間と閉鎖的空間これらが混ざり合うわけでもなく、いたわり合うように陽の一部に隠を取り込み、隠の中に陽を取り込む。そんな風にして設計をされているそうです。

 

初のプレゼンの前に、建主さんのことを隅々まで知り尽くし最高のプランを考えます。

そして、パースにしてみたときにウキウキ感がなければまたやり直し。

そう繰り返して全力投球で出したプランはだいたい建主さんも気に入ってくれることが多いそうです。

Before 

 

After

 

建築家 横内敏人さんという方は、住まい手さんに近づけるところまで近づき、究極に住うための利便性を考えた設計、それと合わせて、構図としての美しさも考えられた設計を行われているのだと感じました。

他にも、設計するにあたり細かい技術的なところも教えて頂きましたが、今回はこの辺で。

丸晴工務店を含めたくさんの工務店の設計士は、このような勉強を欠かさず、変わり続けていく建築についていきながら、変わらないものをしっかりと持ち続ける努力をしています。

 

丸晴工務店は動画も発信しています。

https://www.youtube.com/channel/UCrm9-1wp-Or-9W7frbym86Q

 

前回の多摩川建築塾は、

https://www.marusei-j.co.jp/第5回多摩川建築塾-三澤文子さんの講義-「新築の/

「スミレアオイハウス」での暮らしについて

<10/21(金)萩原修さん、葵さん講義>
<12/ 3(土)スミレアオイハウス(9坪の家) 見学会>

10/21(金) 第4回講義は萩原修さん、次女の葵さんに「スミレアオイハウス」での暮らしについて語って頂きました。

「スミレアオイハウス」の施主であり、住まい手である萩原さん家族。どのような経緯で9坪の家を建てる事になったのか、どのように土地を探し、計画の中でどのような人達と出会い、完成後、実際どの様に過ごし、感じたかなど体験を通したお話しをして頂きました。設計者からの講義が多い中、施主側の話、気持ちが聞ける貴重な講義となりました。

講義後の12/3(土)その内容を踏まえた上で、実際に東京都にあるスミレアオイハウスへ見学に行ってきました。

・スミレアオイハウス
増沢洵さん設計の「最小限住居」を小泉誠さんがリデザインして、1990年に建てられた建坪9坪の家です。東京都三鷹市にあり、並木道などもある静かな住宅街で目の前には大きな畑がありとても見晴らしのいい場所へ計画されました。夫婦、子供(女2人)合計4人で暮らすことを想定して計画された木造二階建ての住宅となります。

実際現地に行って…
敷地の前を通った瞬間「あっこれだ!」と圧倒されるプロポーションでした。
何と言っても目を引くのは道路から建物を見ると3分の2を覆う大きな4枚のガラス窓でしょう。外壁は白っぽい風合いで屋根は軒を出さずただ箱を置いたようなシンプルな外観、箱に窓を付けたシンプルで何ともバランスのとれたプロポーションだと感じ「最小限住居」という名前からはかけ離れた迫力がありました。

建物へ入ってみると半畳小さな玄関、小上がりの和室、6畳の居間、大きな窓に大きな吹き抜けで建坪9坪だとは思えないほどの解放感がありました。1階に水廻りがまとまっていて2階は小さな机が並んでいました。床材に無垢のパインを使用しており長年使われて日焼けや汚れによって変化した床は古民家のような雰囲気を出しています。
窓に大きな障子があり季節や温度、時間帯よって調整できるものとなっています。ちなみに、夜に外からの障子を見ると行燈のようで非常にきれいでした。

設計が家具デザイナーでもある小泉誠さんということもあり造作家具や間接照明など手の触れるところ、細部まで気配りの感じられる建物と感じました。9坪の家だと「収納が足りなさそう、狭そう」など思うでしょう。しかし、そんなことはありません。大きな窓、
吹き抜け空間、造り付けの収納が備えられてスペースが無駄なく有効活用されているからでしょう。

「スミレアオイハウス」の魅力を肌で感じ個人的に思ったのが、収納の大切さを学びました。これだけ小さな建物、収納力が足りない、狭い、など感じさせない工夫が至る所にあり、収納に関して熟考するいい機会となりました。
皆さんもぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

丸晴工務店の動画はこちら

https://youtube.com/shorts/np_Cc6A9tFA

そのほかの建築家の建物見学はこちら

https://www.marusei-j.co.jp/田中敏溥さんのご自宅訪問〜不自由なんだけど自/

今年度も4月15日より多摩川建築塾を開催します!

木造住宅の設計を、探求し続ける設計士や住宅に関わる者のための学びの場、”多摩川建築塾”が、今年度も4月から始まります。

 

初回は、建築家の”泉幸甫さん”。

住宅の基本は”いるだけで楽しい、何気ない日々の器”である。

と著書に書いている泉幸甫さん。

日本の住風景や街並みが美しくなって欲しいという思いから、

地域の素材で地域の職人によってつくる風土を生かした住宅をつくることをすすめ、

多くの建築をしている地域工務店への設計力を高めるために設計指導を行っています。

https://izumi-arch.com

 

第二回は、建築家の”堀部安嗣さん”

https://horibe-aa.jp

第三回は、木構造建築で有名な”山辺豊彦さん”

http://mokuzoushisetsu.or.jp/architect/architect-558/

第四回は、9坪ハウスをリデザインした、デザインディレクターの”萩原修さん”と次女の”萩原葵さん”

https://motion-gallery.net/projects/sahouse

第五回は、昨年度も素敵なお話を頂きました、有名建築家の”三澤文子さん”

https://ms-a.com
第六回は、何度もご講義頂いております、有名建築家”横内敏人さん”

https://www.yokouchi-t.com

 

どの先生方も人の暮らしとはどんなものかを考えた建築を行なっており、

建てるお家は空間に温かみのあるものばかりです。

そんな先生方から建築とはどんなものなのか、

忘れてはいけないものや探求する心を学びます。

地域工務店が地域をより良くするため、自分たちには何ができるのか、

何をするべきなのかを考えながら日々丸晴工務店は探求し続けていきます。

田中敏溥さんのご自宅訪問〜不自由なんだけど自由に生きる!〜

今回、多摩川建築塾のみなさんと、あの田中敏溥さんのご自宅を拝見させて頂きに行きました。

憧れの建築家『田中敏溥さん』のご自宅が見学できるとのことで、

みなさんとてもワクワクしたような面持ちでした。

京都や愛知からわざわざ来たという設計士さんもおり、田中敏溥さんという方がどれだけのすごい方なのか受け取れます。

 

田中敏溥さん

以前書いたブログ:

◉田中敏溥さんが書いた絵本について「人や街が豊かになる造園や植栽をするには」

https://www.marusei-j.co.jp/人や街が豊かになる造園や植栽をするには/

◉多摩川建築塾にてお話しされた「土地の特性を読み解く」

https://www.marusei-j.co.jp/第2回多摩川建築塾『田中敏溥さん』/

 

1944年新潟県村上市に生まれ、4歳から12歳までを母方のご実家、瀬波の造り酒屋で家族と離れて過ごしました。

その後、中学2年生の時に学校の授業で、家の間取りを考えるテーマが与えられ、提出したものを先生にほめられたことで建築の設計の方向に進みたいと思うようになりましたが、父親が53歳の時に他界し、建築科のある新潟工業高校への進学をあきらめて、村上高等学校をうけることになります。「建築家になる」という思いは忘れておらず、高校に入ってから設計をやるには美術だと美術部に入部します。この高校時代も買ったはずの村上の家が取り上げられてしまい、瀬波の造り酒屋にもどることになります。

高校を卒業し、建築の仕事がしたいという思いから、叔父さんの銀行への紹介も断り(実際には黙って)建築家になりたいという思いだけで東京に出て、1964年日本大学理工学部建築学科の夜間部に入学。このときに知り合った学生からの紹介で昼間は大林研究室に勤務することになります。そこで、オリンピックを控えた代々木第二体育館や東京モノレール建設の仕事を手伝うことになります。

その翌年1965年に、毎年15人しか受からないという東京藝術大学に入学、1969年東京藝術大学建築科卒業。1971年同大学院建築専攻修了します。大学院で学んだ後、環境設計・茂木研究室に入所し、茂木計一郎のもとで環境計画及び建築設計活動に従事しいよいよ建築家としての道を歩み始めます。1977年33歳で独立。田中敏溥建築設計事務所設立します。

 

早速見学してみます。

ここは「書斎コーナー」

地下はもともとコンクリート打ちっぱなしだったのを、珪藻土で塗ってもらったそうです。

このちょうどいい狭い空間は、珪藻土にすることで、さらに居心地の良い空間になっていました。

こちらは、外の下足入れ。

京都では玄関がないお家も多く、こんなふうに外の土間で靴を脱ぎ室内に入るそうで、このおうちでもそれを取り入れてありました。

 

外では、丸晴工務店の設計スタックの松村がひそひそ話を….

 

素敵な器たちです。

ちょっとした壁も少しの工夫で豊かな空間となります。

 

ここでも、設計スタッフの松村が気になるものを見つけたようです。

 

 

最後に

 

田中さんのいう「日常の暮らしが考えられていれば良い」の言葉の通りに、自邸には余計なものや余計な部分がなく、最低限の広さや高さ、最低限の余白があるように感じました。

建てられる面積が少なかったとしても、日常の暮らしが考えられていれば何の不自由もない。

『不自由なんだけど自由!自由に生きる!』

力強く、田中さんがそう言った言葉の意味が、この自邸にお邪魔させていただいてわかるような気がしました。

そして、何よりも田中敏溥さんという方の人柄が滲み出たお家でした。

街を思い家を建てる。

それも、やってますっていうんじゃなくて少しずつ少しずつ人が知らないところでやる。

そのほうがいいでしょ?と可愛らしくおっしゃってました。

なんて素敵な方なのだろうと心から思いました。

そんな人柄にも惹かれる設計士やお客さんが多いのでしょう。

 

お家を拝見させていただきまして、誠にありがとうございました。

自社設計のレベルを更に高めていきたいと思います。

 

 

その他の設計ブログ

https://www.marusei-j.co.jp/tag/設計/

第4回多摩川建築塾『山辺 豊彦さんによる構造設計演習』

先日、第4回多摩川建築塾『山辺 豊彦さんによる構造設計演習』が行われました。

今回は、あの有名な山辺先生の構造のお話でした。

山辺先生は、1946年に石川県で生まれ、1969年に法政大学工学部建設工学科を卒業されました。

1978年には、山辺構造設計事務所を設立され、大工たちが用いている継手、仕口、耐力壁、水平構面などの実大住宅の構造実験を行い、実際の設計法に反映して耐震性を評価する研究を続けてきました。

著書「110のキーワードで学ぶ―世界で一番やさしい木構造」や「ヤマベの木構造」など数多くの本を書かれました。

地震力や風圧力などの水平力が建物に作用すると、水平力は床面、屋根面などの水平構面を介して体力壁に伝達されます。建物の耐震性は体力壁で確保することになるため、水平構面は体力壁より先行破壊してはなりません。

そこで、建物の壊れ方について講義を行ってくださいました。

 

その後、それぞれが事前に提出した課題の講評を頂きました。

※前回の、藤井章さんの講評も書かれています。

 

建築基準法の規定で安心するのではなく、こういった勉強会に積極的に参加し、設計士としての知見を増やして、的確な判断をしていくことが、お客様の大事な命を守る住宅を作れるのではないかと思います。

丸晴は、伝統を守りつつ常に新しい知識を身につけていき、社会貢献に繋げていきます。

 

第2回多摩川建築塾『田中敏溥さん』

先週末、第2回多摩川建築塾が開催されました。

今回は、『田中敏溥さん』でした。

コロナのこともあり、今はZOOMでの開催なので、

ZOOM講義が苦手な田中さんからは、出て頂くたびに『これで最後ね。』と言われながら、

毎回オファーを受けてくださっているそうです。

何度聞いてもためになるお話なので、これからもぜひお願いしたいです。

今回のお話は、

”土地の特性を読み解く”

どんなお家も土地環境、景観環境、建築条件などあらゆる規制や、いいところがあります。

そういった土地の特性を読み取っていいお家を建てる。

そんなお話でした。

『吉祥寺の家』

この土地は、大きな桜の木が植わっていて、その桜を生かす設計を行なったそうですが、工事が始まってみて初めて桜の木を抜かないといけないという結果になり、桜のために開けた開口部をどうするか検討し、ヤマボウシを桜のボリュームに合わせるため、2本植えたそうです。

リビングから見える景色と道から見える景色。昼、夜の両方の見え方を意識して、開口部の建具は引きこめるように設計を行ない、一つの絵のように見えるようにしたそうです。

「道にやさしく」(風土社:建築家の心象風景 田中敏溥より)

都心に近い住宅地、27坪の敷地の建替計画。夫婦だけの街なかの家。

古い家には、道の境に桜の木があり、枯葉が庭と道をおおい、街に大きな緑を与えていた。

木を取り込んだ家、道にやさしく接する家をつくることを計画の基本にした。庭師に木を診断してもらったところ、危険な状態であることがわかり、やむを得ず切り倒し、代役には桜の思いをこめて、夫婦の好きなヤマボウシの大きな株立ちが選ばれた。

家族室は、道を介した視界の広がりと明るさを求めて2階に設けた。

南東の角に大きくL型に開けられた窓前には、ヤマボウシが道とのやさしい緩衝役になるよう植えられた。

春から秋にかけては緑のスクリーン、冬は日光を入れる枝のスクリーンになる。家は昼だけでなく夜の姿にも責任を持ちたいと思っている。ヤマボウシの枝葉越しに窓の明かりが暖かく見えることを願った。

道の境と外壁の間は1.2m、そこに小さなアプローチとゲート、自転車置き場をつくった。道との境には鉄と木を組み合わせた高さ2mのフェンスを設け、モッコウバラを這わせた。この家の5年後、10年後が楽しみである。

家はつくづくその家族だけのものではなく街のものであると思う。家を道にやさしくつくりたいと思っている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

田中敏溥建築設計事務所HP「吉祥寺の家」

https://www.tanakaaa.com/blank-3

 

『国立の家』

この土地は、斜線制限のある小さな敷地のため、断面空間を無駄なく使うために地下室を設け、天井高をギリギリまで下げたりと、上げ下げを繰り返して設計したそうです。また隣地と密接しており、緑を入れることが難しいため、縦に緑を入れようと、外壁と並行して、ワイヤーを張り巡らせて、そこにムベやヒイラギなどの緑を絡ませて緑の壁を作ったそうです。

 

「小さな敷地の大きな暮らし」(風土社:建築家の心象風景 田中敏溥より)

東京郊外の24坪弱の敷地に建つ4人家族の家。

条件は「ゆったりした家族室・独立した客室・ちょっとした書斎・十分な収納・計画された庭(緑)・近隣に配慮した家・以上を満たした経済的な家づくり」という七つ。

小さな敷地の小さな家で七つび条件に応えた家をつくることと、さらに都市型住宅の「一つの型」をつくりたいという希望があった。そのために、設計するときの心構えを二つつくった。もったいないという気持ちで設計することと、緩急をつけた設計をすること。

たとえば、与えられた断面空間を無駄なく使うために、天井高をギリギリの寸法にしたり、天井を張らなかったり。廊下、階段の動線空間や私室を小さくし、家族室をできる限り広くつくろうとしたり。

設計とは、限られた面積や各寸法、それに予算の配分作業である。小さな敷地に大きな暮らしをつくる上で重要なことは、すべてに節約することではなく、均等に分けることでもなく、大切なところに大きく配分する勇気を持つことである。

 

家は場所に合わせてつくる・自分の家は街のもの・敷地を無駄に使わないという三つの意識を大切にしてよく考えられた家は、街に気配りされた佇まいになり、大きな視点からも土地が有効に利用される。その家は場所を生かすことになる。

小さな敷地ほど、条件が厳しいほど、場所の特性を読み解くことに時間をかけ、家づくりに反映させ、街の景観環境を高めていくことが必要である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

田中敏溥さんという方は、

設計をする上で、常に周りの方々と街並みにもに気を配り、設計を行なっています。

それは、、、

『お隣さんは家を作ってほしいと思っていないでしょ。そもそも家を建てること自体が迷惑となるのだから、迷惑があからさまにならないようにすることが大事。どんなに自分勝手な施主さんがいても、要望をニコニコしながら聞き、お隣さんに迷惑のかからない家づくりをすることが大事。それに、貪欲にまわりの土地を取り入れて、街に責任を持って建築していくことが街づくりにつながる』そういった考えがあるから、周りや街にやさしいお家を建てることができるのだと思います。

街に住むのだから、家は街のもの。

仲良くする家をつくる。

緑を取り入れることは、街に対する愛情。

常に周りへの配慮。

これらを忘れずに設計することが、

いいお家をつくることに繋がるのだと思いました。

 

田中敏溥さんの絵本について書いたブログはこちら

https://www.marusei-j.co.jp/人や街が豊かになる造園や植栽をするには/

デザイナーさんとの取り組み

今日はデザイナーの中村圭吾さんと新しい取り組みの打ち合わせでした。

やりたい事のピックアップから、最終的にどのような住宅を目指していくかなどなど…

イメージの共有ができました。目指すは○○❗️

打ち合わせはとても盛り上がりまして、やりたい事が山ほど出ました。☺️

大工工務店としての丸晴工務店らしく、かつデザインに洗練された、住宅の様々なものが追求していけそうです。

これからも丸晴工務店はパワーアップしていきます。😄

建築知識のビルダーズの表紙に載りました。

丸晴工務店モデルハウスが業界では建築業界では有名な雑誌、建築知識ビルダーズの表紙に載りました。

この号で10周年を迎えるという節目でまたロゴを変更した記念すべきこの号に載せていただいた事は、とても嬉しい出来事でした。

この雑誌は建築家の伊礼さんや造園家の荻野さんなど有名な方の特集を組まれたり、すばらしい住宅が毎回載ってます。

 

若手大工の本多くんも載ってます。☺️

丸晴工務店も参加させていただいている股旅社中で新しい取り組みをデザイナーの中村圭吾さんとおこなっているのですが、中村さんがデザインされた鉢カバーが雑誌に折込付録としてついてます。(実際の大きさの図面です。)

中村さんとは色々な丸晴工務店オリジナル商品を考えています。

とても素晴らしいデザインでDIYでも簡単に作る事ができますので是非是非ご覧ください。

 

 

 

1