平素より格別のお引き立てを賜り暑く御礼申し上げます。
誠に勝手ながら、下記の期間を下記休暇とさせて頂きます。
皆様にはご不便をおかけ致しますが、何卒ご了承いただきますようお願い申し上げます。
夏季休暇期間
2024年8月11日(日)〜18日(日)

平素より格別のお引き立てを賜り暑く御礼申し上げます。
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夏季休暇期間
2024年8月11日(日)〜18日(日)

車知継ぎ(シャチヅギ)は、日本の伝統的な木工技術で、金物を使わずに木材同士を接合するために用いられます。この技術は、日本の建築や修理工事で古くから使われており、大工さんたちによって技術が継承されています。
車知継ぎは、竿車知継ぎ・車知栓継ぎと呼ばれることがあります。
竿ほぞ両端とほぞ穴両端に平行に車知栓の道(斜め合わせの切り欠き)に車知栓を打って締める確実性の高い継ぎです。
2つの部材の上端に取り付けて、部材同士を引き付けるために使われます。金具を一切使わない伝統工法であり、木の栓は一生引き続けることができます。
1000年以上立ち続けている頑丈な建物でもこの工法が使われていることがあります。
車知栓の打込み加減や、後からの増打ちで継手の胴付き部分の隙間を空けたくない場合に適しています。
車知栓は、長方形断面をもつ、薄くて長い栓で、打ち込むことで材同士を引きつけ、緊結させる働きをします。
栓の材料は堅木で、欅の材料が一般的です。
「栓」は、ほぞの引っ張りに抗する形に変えるものとして「鼻栓」や「込栓」があります。
「鼻栓」は、ほぞ先を接合材の外に貫いて出し、その先端にさして引っ張りに抗するものです。また「込栓」は、接合する二材を貫いて接合を固めるもので、「縫栓」とも言います。

民家では、ほぞ指鼻栓によって梁と柱を繋ぐ架構技術 が発達しました。
梁ともに民家では柱を繋ぐ横材として、荷重支持と鴨居の役割を兼ねる指鴨居が用いられました。柱を挟んで向き合う指鴨居は敷居からの内法高さを揃えて架けられるため、ほぞに「鼻栓」を打つことが難しく、「込栓」を用いて、指鴨居と柱を繋ぐことが行われました。
下図は、奈良、江戸後期の住宅で、柱・指鴨居の竿車知による継手仕口です。
合成された「目違」(腰入目違と両目違的なもの)は竿を強化し指鴨居が捻れるのを防ぐものです。下側の突出は指鴨居の荷重を広い底面で受ける役割です。この柱は畳間四室の交点にあり、指鴨居が柱の四面に接しています。
この例のように、柱四面にほぞや竿を指し付ける仕口を四方指しといいます。
竿車知や込栓は鼻栓のように室内に突き出る要素がないため、近世の寺院建築などでもしばしば用いられました。

雇いほぞ車知栓継ぎも、通し柱の四方から梁が差し込まれる部分に使用されます。
向き合う指鴨居は直接継がれておらず、雇いほぞの一端は「蟻」、他端は「竿・車知」につくられています。
蟻を受ける柱側のほぞ穴は下部が、蟻先の巾に彫られ、上部が蟻形に彫られています。
組み方は、まず、雇い材の蟻形側をこのほぞ穴の下部に指し込んで上にずらして持ち上げ、蟻を噛み合わせ、次ぎに指鴨居を指し込み、指 鴨居の下方のほぞを柱のほぞ穴下部に納め、雇い材が下に落ちない状態をつくります。このとき同時に、柱から突き出た雇い材と指鴨居が継がれた形になり、そこに車知を打ち込むという仕口です。
ここで蟻をずらして接合する方法を寄蟻(よせあり)といいます。
寄蟻は桁と吊り束、梁と小屋束などの接合にも用いられました。

これら継ぎ手は、日本の伝統的な建築や修理工事で使用されており、技術を継承するために大工さんたちが使い続けています。
弊社、丸晴工務店でも伝統技術を若い世代の大工にも伝えていけるよう、自社大工として多くの大工を育てています。
いつまでも伝統技術を守り続けていきたい。その想いで今日もお家をつくり続けています。
参考文献:誠文堂新光社「木組み・継手と組手の技法」
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https://www.marusei-j.co.jp/木造建築における木組みの継手仕口とは何?/
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瓦屋根は地震に弱い。
本当にそうなのでしょうか?
「瓦屋根は重いから地震に弱い」という話は、昔からよくある話ですが、それは単純に耐震性能の低い古い建物は、瓦屋根が多かった。瓦屋根の重さに耐えられる耐震性能がなかった。というだけの話です。
地震が起こり、地面が揺れるとそこに建つ家の重さに加速度が掛け算され、地震力が発生しますが、それぞれの家の重さに耐えうるだけの骨組みがなければ、軽量の屋根、重い瓦屋根どちらも同じです。
重いから地震に弱いのではなく、それに耐えうる体を持つことがとても重要になってくるのだということです。
目次
軽量化や瓦のかみ合わせなどが改良され、地震時のズレや台風時の飛散防止を強化した防災瓦が普及しています。
たとえば、三州瓦メーカーの鶴弥では、上下の瓦どうしをロックできる形状(スーパーロックエ法)になっています。
釘止めに加え、屋根全体が強固に組み合わせさることで耐震・耐風性能が向上します。
防水性のために勾配を4.0寸以上にする必要が昔はあったが、水返しを工夫した2.0寸勾配対応
の瓦も登場しました。片流れや緩勾配屋根もつくれます。
2022年1月に「瓦の緊結方法に関する基準の強化」(昭和46年建設省告示第109号)が施行されました。
これは’01年公表の瓦屋根標準設計・施工ガイドラインを法律化したもので、緊結の箇所は、軒、けらば、棟、平部のすべての瓦が義務化となりました。このガイドラインは多くの実験、研究を繰り返して確立されたもので、霙度7 の大地震にも対応できる工法とされています。これを反する施工は契約不適合になり、無償補修の対象となります。
地震や台風で被害が特に生じやすいのは、のし瓦を積み重ねた棟部です。昔は棟瓦を土と鋼線で躯体に固定しているだけでしたが、現在はガイドラインによる湿式工法と、敷き土を使用しないで金具だけで棟瓦を一体化させる乾式工法の2つが主な施工方法となっており、耐震・耐風性能、施工性がアップしました。ただし、乾式工法の形状はメーカーで決まっているので、入母屋など複雑な棟形状やのし瓦を高く積みたい場合などは、湿式工法でしかできないので建て主と事前の確認が必要です。
瓦屋根は金属屋根に比べると重量が大きいので、水平構面と壁の耐力 などに影響を受けます。
当社では、約5年前から全棟で許容応力計算を行い、耐震等級3、耐風等級2を取得していますが、瓦屋根でありながら耐震等級3を目指す のは、さほど大変なことではありません 。床の水平構面を強めるために火打ちを入れたり、野地板の水平構面を強めるためにビスで耐力を高めたりする程度で、問取りの制約などはありません。等級3を目指すとき、グレー本といわれる『木造軸組工法住宅の許容応力度設計』(2017年度版)で示されている方法だと耐力が限られているので、メーカ ーで構造耐力の評価を得たものを使用しています。
緑豊かな公園の遊歩道沿いに建つT邸。敷地は間口12m、奥行き20mという少し長細い形状で、北東側が道路に接しています。
マンション暮らしだった夫妻が終の棲家を日本らしい屋根で街並みに貢献したいという理由で瓦屋根を採用し、
三州瓦の防災いぶし瓦「J型53A」(創嘉 瓦工業)を使用しました。
薪ストーブを設けており、煙突部分の瓦は寸法出しから割り付けをして納めています。4寸勾配のゆったりとした瓦屋根が、地域の風景になじんでいます。

参考文献:x-knowledge「建築知識Bビルダーズ ベタ基礎が危ない!」
https://www.marusei-j.co.jp/wp-marusei-updateadmin2/wp-admin/post.php?post=7381&action=edit
その他の瓦のブログはこちら
https://www.marusei-j.co.jp/屋根材の「瓦(かわら)」ってどんな特徴がある/
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花の色が、白・ピンク・赤・オレンジ・黄・緑・紫・茶とさまざまな色や種類も多いエビネは、種類によって形も違います。初心者でも育てやすい植物ですので、それぞれの種類の特徴を知って、春の庭に彩りを添えてみるのはいかがでしょうか?
ちなみに、土の中に隠れた球根のようなバルブが海老に似ていることから和名「海老根」と呼ばれています。
目次
山地の林内や竹林などに生える多年草。
偽球茎(地上で塊状、球状に肥大した茎のこと)は、連珠状になって横に連なります。
葉は2~3枚つき、 披針状長楕円形で長さ15~25㎝、 幅5~8㎝です。 この葉は冬にも残ります。 葉の問から30~40㎝の花茎をだし、 8~15個の 花をつけます。花は径2~3㎝平開します。
萼片(花の最終輪に位置する花葉)は紫褐色で、側花弁と唇弁は白色または淡紫色。 和名は海老根(えびね)で、 横に連なる偽球茎の形をエビに見立て たものです。
山地
日本全土
4月〜5月

暖地の樹林下に生える多年草です。 エビネに似ているが、 全体が大形になリ、 名前のとおリ花の色が黄色て目立ちます。
葉は2~3枚つき、長さ20~30㎝が、幅 5~10㎝。 30~50㎝の花茎を立て、大きな花を10個前後つけます。
尊片は卵状長楕円形て長さ2.2~3.4㎝、幅7~13㎝あリ、エビネよリ大きく、また、 エビネ は唇弁の中裂片が2裂するが、 キエビネは2裂しません。
山地
和歌山県、山口県、四国、九州
4月〜5月

ブナ林などに生える多年草です。
葉は倒披針形で長さ15~25㎝、幅6~8㎝。
花茎は30~50㎝になリ、上部に10~15個の花をまばらにつけます。花は径約4㎝。
萼片と側花弁はともに黄緑色で平開し、先は内側に曲がります。唇弁は赤褐色を帯び、垂れ下がって3つに裂けます。
側裂片は小さく、中裂片は大きいです。赤褐色の斑紋が目立ち、ふちにひだがたくさんあります。
深山
北海道、本州、四国、九州
4月〜6月

深山の林内にまれに生える多年草です。
葉は3~4枚つき、 倒卵状長格円形で 長さ15~30㎝、幅3~4㎝。花茎は20~30㎝になリ、先端に3~8個の花が下向きにつきます。 萼片は広披針形て先は鋭くとがリ、 紫色を帯びます。側花弁はやや短く、 幅も狭いです。唇弁は淡黄色て濃い色のすじと点があリ、 ほぼ円形 てふちはこまかく裂けます。 唇弁が3裂しないのが特徴です。
深山
中部地方、四国(石鎚山)
6月〜7月

暖地の湿り気のある林下に生える多年草です。
偽球茎は球状になるます。 葉は3~5枚が束生し、長惰円形て長さ10~30㎝、幅3~6㎝ 。高さ20~40㎝の花茎 をのばし、淡紅紫色の花を10~20個咲かせます。花茎の上部に短毛があります。萼片は卵状楕円形で、側花弁は線形。唇弁は韮れ下がって3深裂し、中裂片が大きく、ふちは波状て先端が突出します。和名は夏に花を咲かせることによります。
山地
本州、四国、九州
7月〜8月

九州の南部から種子島、屋久島、沖縄、小笠原などの常緑樹林下に生える多年草です。
偽球茎は球状で、葉は狭長柘円形で長さ20~40㎝、幅8~15㎝です。
3~6枚がつき、裏而には知毛が生えています。高さ40~80㎝の花茎をのばし、白色または紫紆色を帯びた花を密につけます。 花茎には白色の短毛がびっしりと生え、りん片葉がまばらにつきます。萼片は倒卵形。
唇弁は基部で3裂し、中裂片はさらに2裂するの て大の字形に見える。唇弁の基部の内側に、黄色 の3個の突起点があります。
山地
九州(南部)、沖縄、小笠原
7月〜10月

常緑広葉樹林のなかに牛える多年草です。
偽球茎は まるくて小さいです。葉は2~3枚つき、倒卵状狭長楕円形で長さ15~30㎝、幅4~6㎝。裏面には短毛が 生えています。高さ20~40㎝の花茎をのばし、白色または微紅色の花を10~15個つけます。花茎にはりん片葉が1個つき、上部には褐色の細毛があります。花は 全開せず、やや垂れ気味に咲きます。唇弁は扇形で中央に3条の隆起線があります。
山地
近畿地方、四国、九州(奄美大島以北)
4月〜5月

参考文献:「増補改訂新版 日本の野草」山と渓谷社
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https://www.marusei-j.co.jp/庭木の水やりの仕方って意外と知られていないか/
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建築雑誌の「Bビルダーズ」に、弊社が書いた防災瓦についての記事が掲載されました。

現在、瓦屋根というのは少なくなってきている現状がありますが、昔のような地震がきたら壊れやすい、メンテナンスにお金がかかるなどのデメリットは解消されてきています。そんな誤解を払拭するため、また瓦の美しさを改めて知ってもらうため今回の記事に参加させて頂きました。

丸晴工務店が建てた一文字瓦がキレイな平屋のお家です。
ぜひ皆様に、建築雑誌の「Bビルダーズ」をご覧いただき、瓦の美しさや効果など深掘りして、瓦の良さを知っていただけたら嬉しいです。
瓦はこちらにも書きました。
https://www.marusei-j.co.jp/屋根材の「瓦(かわら)」ってどんな特徴がある/
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みなさんは、「土間」と聞いてどんな土間を思い浮かべますか?
また、土間が気になるあなたは、何の目的で「土間」が必要と考えるのでしょうか?
昔の町屋のような趣のある土間は、近年ではすっかり見なくなりました。
室内空間と外空間の、その間。その空間がとても暮らしを豊かにしてくれます。
玄関土間に小さなベンチでもあれば、人が訪ねてきて少しの長話も靴を履いたまま気兼ねなく話せます。
中庭に続いた土間であれば、自分がお手入れをした庭を見ながら、小休憩も取れます。
自分の大切な時間を過ごせる場所として、土間を作ってみてもいいかもしれません。
さて、そんな土間にはどのような種類、どのような特徴があるのでしょう?
目次

たたきは土間の代表的な例の―つで、粘土・山砂利・消石灰の3種類で混ぜ合わせたことから、三和土とも書き、塩化マグネシウムが主成分であるにがりを混ぜ、小槌などで叩いて仕上げたものです。セメントがなかった時代の床仕上げ、基礎、井戸枠、便所の溜壷などに用いられました。
たたき仕上げは、各地で産出される山砂利を主材料とすることから、産地名をつけた名称で呼ばれる場合が多いです。代表的なものでは以下になります。
深草たたきは、京都市伏見区深草の深草土と呼ばれる土を利用します。
深草土は、赤みがかった色で、砂利との混合比が高く、表面がざらついた質感になります
岐阜県白川村の白川土を使ったもので、白く細かい粒子で、石灰との相性が良く、固まりやすいという特徴があります。
愛知県三河地方の土で、赤みがかった色と粘り気が特徴です。砂利との混合比が高く、表面がざらついた質感になります。
明治時代に活躍した愛知県三河地方の服部長七(はっとりちょうしち)による長七たたきは、その堅さから人造石とも呼ばれました。
これらは、主に花崗岩(かこうがん)の分解などによって生じたシリカ質の高い珪酸蕃土を多く含んだものです。
産地によって土の性質が異なることや、同じ産地であっても採取する層によって組成が違うため、一定品質の材料をつくることは困難です。
地方によっては風化花崗岩を多く含む山砂利と、粘土を別々に配合し、シリカ質を高める場合もある。また、最近では耐久性をもたせるため、セメントを混ぜるケースが増えています。
握りしめて崩れない程度の堅さにした配合土を10センチ程度にならし、それを半分の厚さにまで叩き締めます。用具はタコやカメと呼ばれるたたき専用の木製の道具や、たたき板です。
更に2層目を同様に10センチ程度にならし、再度叩き締めます。
表面強度を高めるため、2層目は1層目より風化花崗岩(山砂利)を少なくします。この時、土の塊を十分に崩してから用いないと、施工後に硬化不良で穴があく場合があるので注意が必要です。
叩き終えたら水分を保つためにビニール等で養生を2〜3日行います。
水分を含有していると水硬化し、さらに空気中で緩やかに気硬化していくので、どんどん硬さを増すのが、たたきの性質です。

洗い出し仕上げとは、セメントに玉砂利や砕石を入れた上塗り材料が完全に乾燥しないうちに噴霧器等で水洗いし、砂利を表面に浮かび上がらせる工法です。
発生は、明治政府の権力を表現するのに都合の良い、官庁や銀行建築等の古典主義様式に由縁します。日本では一般的でなかった積石構造の表現を、お雇い外国人建築家たちは技術力の高い左官に、それに似せた人造石として求めました。江戸期まで、日本の左官技術で表層を洗ったり、削り落とすという工法はほとんど見あたりません。欧米から削り落として仕上げる工法と水和硬化性のセメントが伝わったことによると考えられています。

また、洗い出しには、石の種類がたくさんあるのと同様に、混ぜ合わせたり、形の大きさの違いだったりとたくさんの種類があります。
大きさには1分・2分・3分・・・と石の大きさで分けられております。
玄関土間などは、主に1分、2分が多いです。

大きさによって見える印象も違ってくるので、お好きな雰囲気に合う石の大きさを選ぶと良いかもしれません。




目地割りを行う。
吸湿調整剤を塗る。
セメントペーストを塗って目地棒を固定し、新しい目地棒は石灰水であく抜きしてから使う。
目地棒を張り付ける事によって、洗い出す際に材科のずれを防ぎます。
アマをむらなく塗り、その上にモルタルと種石を混ぜた上塗り材を塗り付ける。
骨材を混入しないセメントペーストか、混入するセメントモルタルかで作業性や硬化後の物性が異なります。ペースト工法は作業性が高く、仕上げ精度がよくなります。一方、モルタルエ法は構造体と一体になるため耐久性が高く、種石をより大きく出すことができます。
仕上がり面に種石が現れるように表面のアマをブラシで2回程度拭き取る。石の並びを調整し、人造錢で伏せ込む。
厚手の人造錢で種石を均一にします。水引きの乾燥具合を誤ったり、長く錢で伏せ込んでいると下地との界面でずれせん断が発生します。仕上げ層の水引きを均一にするため、新聞紙を張り付けてその上に張り粉と呼ばれる石灰やセメントの粉を塗り、表面の水分を吸収させます。
刷毛で表面のアマを拭き取り、噴霧器でむらなくアマを洗い流す。
表面の余分なアマを刷毛でよく拭き取ります。噴霧器を用いず、この作業だけで仕上げとすることも可能です。最近では硬化時間を調整できる硬化遅延剤を用いる工法もあります。大きな種石を使う場合は洗い出さず、セメントを塗り付けた後に一つ一つ埋め込む『埋め込み工法』を用います。
なお壁を仕上げる際は、普通の左官材料と異なり下段から塗り付けていきます。種石材料の質量が大きいので、積み上げるようにして塗るとよいです。さらに、洗い出し時の水が下方に流れるので、時間調整ができるオープンタイムとして使え、仕上げ時を統一できます。
半錢の剣先を目地棒に差し込み、目地角が崩れないように抜き取る。
ノロのみではひび割れを起こすため、上塗り材に寒水石を混入する。
塩酸を10倍程度に薄めて表面を洗い、清水で酸が残らないよう十分に洗い流す。

メリットは、骨材や砂利の種類の大きさや色によって、様々な表情をもちます。
また、凹凸ができるため滑りにくいです。
デメリットは、一般的なコテ仕上げやタイル張りに比べて工程が多く、洗い出すタイミングを天候や気温などで判断するなど技術を要します。そのため材料費や人件費がかかります。
また、経年劣化や高圧洗浄による砂利で剥がれてきてしまう可能性があります。

コンクリート土間とは、地面に直接コンクリートを流し込んで平らに仕上げたものです。
駐車場や玄関アプローチ、物置などに使われます。コンクリート土間は、以下の手順に沿って作業を行います。
コンクリート土間を施工したい場所の土を30cm以上掘り起こします。掘り起こした土は別の場所に運んでおきます。掘り起こした地面は転圧機や棒などでしっかりと固めます。
掘り起こした地面の上に砕石を均等に敷き詰めます。砕石は5~10cmの厚さが目安です。砕石を敷き詰めたら、再度転圧機や棒などで固めます。
コンクリート土間の形や高さを整えるために、木材やブロックなどで型枠を作ります。型枠はしっかりと固定しておきます。型枠の内側には水が溜まらないように勾配をつけます。一般的には2~3%の勾配が推奨されます。
次に、コンクリート土間の強度やひび割れ防止のために、ワイヤーメッシュを型枠の内側に敷きます。ワイヤーメッシュは砕石の上に置き、コンクリートとの間に隙間ができないようにします。ワイヤーメッシュは型枠の端から5cm程度離しておきます。
コンクリートを型枠に流し込みます。コンクリートは既に砂と砕石が配合されたドライ生コンを使うと便利です。ドライ生コンは練船に入れて水を加えて混ぜるだけで使えます。コンクリートの量は施工したい面積と厚さに応じて計算します。一般的にはコンクリートの厚さは10cm以上が目安です。コンクリートを流し込んだら、スコップや棒などで空気を抜きながら均等に広げます。
コンクリートを流し込んだら、コテやレーキなどで表面を平らに仕上げます。
コテは良質なものを使うと仕上がりが綺麗になります。コテで表面をならしたら、乾くまで放置します。乾くまでに雨やほこりなどが付着しないように注意します。乾くまでの期間は気温や湿度によって異なりますが、一般的には1週間程度とされます。
コンクリート土間は、水はけがよく、掃除は水で洗い流したり、ブラシでゴシゴシと擦って簡単に行えます。耐久性も高くメンテナンス費用も抑えられます。
しかし、温度の変化や乾燥などによってひび割れを起こす可能性があります。

参考文献:「CONFORT 土と左官の本」建築資料研究社
写真提供:日本玉石株式会社http://www.nihontamaishi.co.jp
このブログに載っていた施工事例はこちら
https://www.marusei-j.co.jp/work_post/タタミリビングの家2/
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”縣魚”(げぎょ)は、古典的な日本の建築で、玄関の破風(はふ)に設置される装飾的な彫刻などを指します。
これらの装飾は伝統的な日本の家屋や建物の玄関部分に取り付けられ、家の持ち主の繁栄や幸運を象徴するものとされています。通常は鯉(こい)や金魚などの魚が用いられ、縁起を良いとされるシンボルとして愛されてきました。
現在では様々な形があり、写真のようなものが見掛けられます。

”縣魚”は、日本の建築における玄関の装飾として用いられてきた伝統的な文化で、その起源については複数の説がありますが、一般的には中国から伝わったと考えられています。
「縣魚」の由来に関する一つの説によれば、中国の伝説に登場する黄河の鯉が龍門の滝を登りきり、成功すれば龍に変身できるというものです。この伝説は成功や成長、繁栄の象徴として鯉が重要視されるようになりました。

日本においても、この伝説が縣魚の起源とされ、鯉は縁起の良いシンボルとして家の玄関に飾られるようになりました。
その後、鯉の他にも金魚やカワニナなどが縣魚のデザインとして用いられるようになりました。
また、日本の伝統的な文化や風習において、魚は縁起の良い動物とされており、繁栄や幸福を象徴するものとされています。そのため、建築や装飾においても縣魚は繁栄や幸運を願うシンボルとして重視され、古くから日本の建築文化に根付いています。
ちなみに、日本で最も有名な縣魚は、京都の清水寺にある三花懸魚(さんかけんぎょ)というものです。三花懸魚は、三つの花の形をした縣魚で、桜、菊、梅の花を表しています。
三花懸魚は、平安時代に建てられた清水寺の本堂の屋根に飾られており、日本最古の縣魚とされています。
縣魚の種類は、形によって様々に分けられます。一般的には、以下の4種類があります。
ハート型の穴がある縣魚です。火除けのまじないとして使われました。
猪目縣魚は比較的古い形式で、鎌倉時代以前からあるとされています。
ハート型の穴がない縣魚です。シンプルでモダンなデザインが特徴です。
野菜のカブに似た形をした縣魚で、寺社建築や民家に見られます。

蕪懸魚と猪目懸魚を合体させた縣魚です。桜、菊、梅の花を表しています。
三花縣魚は、入母屋破風や大きな千鳥破風に取り付けられ、両端から鰭(ひれ)と呼ばれる若葉や波を形どった飾りがついています。
https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/92/0ffad36a29292895e02b7379961c98d2.jpg
梅鉢縣魚とは、梅の花を図形化したもので、五角形または六角形をしています。
小さく簡素なもので、小さな千鳥破風や切妻破風などに取り付けられます。
梅鉢縣魚は鎌倉時代に現れ、現存する最古の懸魚は梅鉢縣魚です。平安時代末期の絵巻物にも描かれており、高位の貴族の屋敷にも飾られていました。
https://blog.goo.ne.jp/momosi77/e/d98980c659eef67381f019c9ece946c7
今回、建築中の敷地内にご両親の旧日本家屋にある「縣魚」が壊れてしまって修復して欲しいとのご依頼がありました。その修繕動画をこちらにご紹介いたします。
丸晴工務店YouTube ”日本家屋の破風に飾られる「縣魚げぎょ」を再生します。”
以前、丸晴で建てた入母屋のお家のブログをご紹介します。
2023年も残すところ、あと5日。
本年の丸晴工務店は、
色んな人と出会い、色んな人の旅立ちがあり、
大変忙しい日々でした。
しかし、
その旅立ちと出会いがあるからこそ 
常に良いものをつくっていけるのだと思っております。
その出会いに感謝をし、
2024年も丸晴工務店は日々家づくりに尽力して参ります。
どうぞ温かい目で見守って頂けますよう、よろしくお願い申しあげます。
冬季休業
2023年12月29日(金)〜2024年1月8日(月)
上記期間はお休みとさせて頂きます。
ご迷惑をお掛け致しますが
何卒よろしくお願い申しあげます。
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https://www.marusei-j.co.jp/左官工事である自然素材の漆喰/
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目次
石灰山の石、海の貝や珊瑚、そして、海藻と麻と紙、
それらを原材料とするのが漆喰です。
そのおだやかな白い壁は、飛鳥の昔から、建物と人を守ってきました。
コンクリートや化学製品のように強靱ではなく、クロスや塗装のように手軽ではありません。
しかし、その壁に包まれるさわやかさ、年月を経るごとに増す自然な味わいは、ほかでは得ることのできないものです。
漆喰あるいは石灰を使った左官の技法はさまざま。
その伝統と新たな可能性をどうぞ知ってください。
漆喰の歴史はとても古く、日本だけではなく世界中で使われてきました。
今から5千年前、エジプトのピラミッドの壁に使われたのが漆喰の起源です。
ピラミッドの他にも、古代ギリシャやローマ時代の建築物にも使われていたことが、 アクロポリスの神殿やポンペイの遺跡から判明しています。 これらの文明では、漆喰は絵の具を石灰に染み込ませて壁を装飾する手法に用いられました。
これが後に、イタリアルネッサンス時代のフレスコ画として確立されました。
あの有名な、1495年に制作されたレオナルドダビンチの名作「最後の晩餐」の下地も漆喰です。 その後、壁を装飾するだけではなく、壁全体を覆う壁材へと進化し、様々な建築物に盛んに使われました。
それから、シルクロード、中国、1300年前の日本へと、漆喰は渡ってきました。
飛鳥時代、奈良の高松塚古墳やキトラ古墳などに使われ、 奈良時代初期の壁工事には主に白土が上塗りとして用いられましたが、奈良時代後期から平安時代初期にかけて漆喰塗りの上蔵が造られるようになります。しかし、漆喰は多最の燃料を必要とする石灰や米粥の糊分を用いるため、大変高価な仕上げであり、寺院や貴族の宮殿などのごく限られた建築に採用されたにすぎなかった。 桃山時代に鉄砲が伝来すると、この新たな武器に対抗する必要から城郭が石組・塗壁・瓦葺きとなり、外壁は防火や防弾を目的とした厚い土壁で施行されるようになりました。
平安時代など、セメントが無い時代に高級建材として広まり、様々な建築物に使われるようになりました。
戦国時代には、漆喰の優れた防火性と耐久性が認められ、城郭建築に使用され、 その中の1つ、姫路城は漆喰壁の白さから「白鷲城」と呼ばれ、今でもなお、世界遺産として、その輝きを放っています。
江戸時代以降は、お城以外にも商人屋敷の土蔵や神社仏閣、 明治維新後には鹿鳴館などの洋風建築物にも漆喰が取り入られました。 現代もなお、それらの建築物は丈夫に姿を残しています。
石灰石の主成分は炭酸カルシウムです。これを焼いたのが生石灰(きせっかい)で酸化カルシウムです。
これを水で消化させると、高熱を出しながら消石灰になります。これに糊やスサを混ぜたものが一般的な漆喰です。
石灰石を焼くより早くから使われていたのが、貝殻を焼く貝灰です。桜灰とも呼ばれます。
これには、牡蠣、しじみ、アサリ、赤貝など、さらに、ドブ貝などの淡水貝も使われました。質がいいのは牡蠣灰だとされています。
このほか、和歌山、鹿児島、沖縄、奄美諸島では珊瑚を焼く珊瑚灰もありました。
貝殻はたやすく手に入れることができ、700度くらいと、石灰石よりも低温で焼けます。古くは地面を掘って流木で焼いて、それを水で消化して粉末状の消石灰を得ます。
石灰石を焼いた石灰に比べて比重が軽く、強度は低いのが貝灰の特徴。また、貝灰でつくった漆喰壁は亀裂や割れ目が生じにくいといわれています。石灰と混ぜて使われることもあり、その方が施行しやすいともいわれていました。
色はピンク、黄色、グレーがかったものなどさまざまであり、ホタテがもっとも白いです。
石灰より光沢がやわらかでやさしく仕上がるという意見もあります。また、漆喰を練った次の日、貝灰だと糊を補充しなくてよいといいます。
貝灰の工場は、海に近い川沿いにあることが多く、かつてはさまざまな地域で焼かれており、地場の需要に応えていました。しかし現在、貝灰を製造しているのは数社で赤貝を使われていることが多いそうです。平貝などに比べて赤貝は丸みを帯びているため、空気の通り道ができて、均一に焼けやすいといわれます。
貝灰が使われなくなってしまった理由は、石灰石による石灰が安価に手に入るようになったこと、そして貝は積み上げておいたときや焼くときのにおいが嫌われ、住宅地に近い場所だと操業ができなくなってしまったからだといいます。
一方では、もともと貝殻は捨てられるものであり、再生可能な資源でもあるから、リサイクルという意味で注目されつつあります。養殖によって大量に出されるようになったホタテの貝殻を用いて左官材料にしている例もあります。
この場合は、伝統的な製造、使用方法が踏襲されるのではなく、調湿性や有害化学物質の分解といった機能性がポイントとなっているようです。

漆喰に使われる消石灰は、石灰石を焼き(生石灰)、水を加えて消化(水和反応)させて得られるものです。
はるか昔、海中や海底の生き物の遺骸が堆積(たいせき)し、隆起して陸地となったのが石灰岩。
貝や珊瑚と石灰石は、時間のスケールを大きく、地球規模で捉えてみれば仲間だということです。
石灰石は、資源の少ない日本で自給できる唯一の資源とされ、全国に広く分布し、埋蔵量も豊富です。 石灰はアルカリ性であり、酸性の中和、不純物の除去、水和発熱性、脱臭、殺菌などさまざまな特質をもちます。
その用途は幅広く、鉄の精錬、セメ ントの原料、肥料や飼料の原料、水の浄化や汚泥処理、酸性土壌の改良、化学品の中和、水害時の防疫、ごみ処理場の排ガス浄化、砂糖の精製、こんにゃくの凝固剤などです。
身近なところで は、運動場のライン、乾燥剤、 日本酒の自動燗付けにも使われています。
全体の生産量からすれば、漆喰に使われる 消石灰は極めてわずかなものです。
工業用と左官用の石灰づくりは、規模も異なります。
現在、主流となっている工業用の石灰は、重油を燃料とし、近代的な大型石灰焼成炉において強制通風環境で焼成されるが、 左官用の消石灰には、昔ながらの塩焼き法が適しているとされています。これは、 トックリ型の 土中窯に石灰石と石炭を交互に入れ、工業塩を散布し、900度~1200度で半日ほどかけてゆっくりと焼成するものです。
焼き上がったものは下部から取り出します。これが生石灰で、原石の半分くら いの重さになっています。 生石灰10トン に対し、水を3000~3300リッ トル加え、熟成させると粉末状になります。これが消石灰です。
生石灰を藁でつくった俵に入れ、倉庫内に長期間放置し、大気中の湿気を吸収させることによって自然に消化さ せ、「改良灰」と呼ばれる消石灰をつくる地域もあった。粒は均一ではないものの品質がよいとされるが、つくるのに時間がかかるため、現在では特別な場合を除き、つくられていません。
生石灰を消化させるとき、多量の水を用いることによって、ペースト状に したのが「生石灰クリーム」と呼ばれ るものです。水を加えた時点ですでに消石灰に変化していますが、強度が出る、磨きに適しているなど、消石灰とは別の特徴をもつといわれている。現場で生石灰を消化させて生石灰クリームをつ くり、独自のレシピで材料を調合する左官もいます。
ヨーロッパではこの生石灰クリーム 長期間熟成させ、砂を混ぜたものが、 壁の材料として使われてきました。これに対して日本の主流は、消石灰に糊とスサを混ぜる漆喰です。
なぜ、そのような発展をしたのか不思議な気もしますが、生石灰自体は水を加えると発熱し、火災の危険性をもつ ため、流通にのせにくい素材だったためだといいます。


糊は日本独特の左官材料で、中国にはあったとされるが、西洋にはみられないものです。奈良時代の文献に、当時は米粥が使われていたとあり、海藻を煮た液体が使われるようになったのは江戸時代からといわれています。米粥より安価なことから広く普及し、一般的に漆喰に欠かせない材料です。
糊をまぜる主たる目的は、材料の伸びを良くし作業性を良くすることと、塗りつける材料の水持ちを良くすることです。水持ちが悪いと早く乾燥したり下地に水気を奪われたりして固まってしまい、鏝(こて)をあてていられる作業時間が短くなってしまいます。水引き(水分を奪われること)を遅くできれば、壁をさわっていられる時間が延び、施工がしやすくなります。
素人なら誰でも思うのが、糊に壁を固めたり、強くする効果はないのかということです。しかし、漆喰が固まるのは石灰のためで、糊に期待されるのは先述した効果だけ、と言われています。
しかし、千葉県で海藻糊を販売する吉田鉄五郎商店の吉田鉄太郎さんは、「まだまだ学理的に解明されていないことも多いのでは」と語ります。
漆喰の中の糊分自体は時間が経つと石灰に同化し消えてしまう。しかし、高松塚古墳など、長い時間残っている漆喰のいくつかに海藻の胞子が見られるといいます。つまり、丈夫さに海藻糊が寄与していないとは言い切れないのではないかということです。海薬に含まれヨード、ミネラル、金属など陸上植物にはない成分が、石灰と結びつくことで、漆喰を強くしているのではないか、と吉田さんは話します。左官・久住章さんも、糊を入れるとドライアウト(早く乾燥しすぎて固まらないこと)を起こさないし、漆喰が堅くなる効果はあると言います。
さて、海藻は収穫されると筵俵(むしろだわら=わらで編んだ敷物で作った俵のこと)に詰め、蔵囲いといって蔵で熟成され、古いもののほうがよいとされます。それを焚いてふるって使用します。
代表的な糊用海藻に、銀杏草とツノマタがあります。銀杏に似た形のものを銀杏草、巻きが強く角のような形をツノマタというとされますが、実は海藻の分類は単純ではありません。
日高、釧路や青森東部、岩手北部では銀杏草である海藻が、岩手中南部、房総あたりではツノマタの形になります。
「銀杏草のほうがツノマタよりゼリー分が少ないのでプリプリせず施工しやすいけれど、和歌山や熊本ではツノマタのほうが好まれる」(吉田さん)というように、少々の違いはあるようですが、ほぼ同じものと見ることもできます。また、板ふのりは山口県萩市周辺や四国の一部で好まれる糊材だといいます。
海藻糊を蒸気浴させ乾燥・粉砕した粉ツノマタ、またメチルセルロース系やポリビニールアルコール系の合成化学糊も、最近ではよく使われています。

塗り壁は、乾燥して収縮するさいにひび割れを起こします。それをふせぐつなぎ役として入れられる繊維がスサです。他にも、スサの役割には、水持ちをよくすることと、鏝をすべらせて塗りやすくすることなどがあります。
基本的に漆喰に使われるのは麻スサです。
麻スサのほうが藁スサより細く、3ミリ前後の薄い仕上げ塗りである漆喰には適しています。また、藁スサのように黄色いアクが出ないため、白さを身上とする漆喰にとっては都合がいいのです。
麻スサの原料には、昔は麻でつくられていた漁網などが使われていたといいます。現在は、ロープや穀物の入っていた南京袋やコーヒー豆袋などの麻袋などが使われています。使用済みのコーヒー豆袋はブラジルやバングラデシュどから輸入されてくるそうです。
麻袋を細かく断裁し、次亜塩素酸15~20パーセント液のプールで数度晒して(さらして)、漂白します。漂白され細かくされた本スサは、仕上げの漆喰上塗りに使われますが、わたのように美しい色でふわっとしています。麻スサは、中塗りの砂漆喰や、屋根をとめたり軒などに使う屋根漆喰にも使われます。その場合はそこまでの白さは必要ないので、無漂白のものや、もっと粗いものが使われます。白毛(しらが)スサ(マニラスサとも)や屋根スサなどがそれです。またあえて未晒し(みざらし)のものを、自然な風合いとして好み、仕上げ用にも使う人もいます。漂白したものより繊維が強いという長所もあります。通常販売されているものより短く切った麻スサを求める人もいるようです。
その理由として、少し高くついても、混ぜやすく時間がかからないことをあげています。また、短いほうが1本のスサに絡む泥の量が少なくなるので、泥が収縮するときにスサを引っ張る力が相対的に減る。つまり同じ太さならば短い方がつなぎ役としての負担が少ないわけで、結果的に割れにくい壁になるといいます。
もっと上等な漆喰で純白の仕上がりを目指す場合には、もっと繊維が細かい紙スサを入れます。和紙を水に浸し、棒で叩いて繊維をバラバラにしたものを、漉(こ)して材料に混ぜます。以前は商家の大福帳(日々の売買の勘定を記入した元帳)などの不要になったものが用いられていたようです。
意匠的にスサを入れる場合には、上記のスサに限らず、藁なども使われます。
左官技術は地域性による違いが大きく、漆喰も、各地でさまざまな工夫がなされてきました。調合や技法も季節や現場、職人によってさまざまで、定義は難しいですが、それがおもしろさでもあります。
漆喰仕上げにおいても、素材と技術を極め、完成度や洗練度を追求してゆく方向性がある一方で、手に入りやすい材料を使った素朴な仕上げもあります。
伝統的な漆喰の仕上げの代表は、「おさえ」です。
塗った後、水引き加減を見ながら、表面を金鏝(きんごて)でおさえて仕上げます。できあがった表面は平滑で、麻スサは隠れてしまい、プレーンな白い壁となります。
一方、昔から最上級の仕上げとされてきたのが「漆喰磨き」。表面はさらに平滑で緻密になり、艶が出ています。
ていねいに上塗りした後、一番上にノ口という、漆喰を漉(こ)したペースト状の材料を塗り付け、磨き鏝や手ごすりで丹念に磨きをかけます。キーッという音が出て熱が出るほど手で摩擦を起こし、中の水分を出して艶を出すのです。
うまく仕上がれば、鏡のように周囲を映すほど光沢が出ます。非常に難しい技術と膨大な手間を必要とする仕上げで、左官職人にとっては腕の見せどころともいえる。
美しいだけでなく、壁面の耐水性や堅固さも向上するこの仕上げは、蔵や商家などにおいて、ステイタスの表現として使われてきました。。奈良や滋賀では、かまどの漆喰磨きも見られました。

他にも黒磨きと言われる黒の漆喰を使った「旧村山快哉堂」
店舗入口からは裏手、降り合う母屋から見れば正面にあたるところに、大坂戸と観音扉があります。
引き戸式の大坂戸には髪形の白い漆喰がリズミカルに配されています。これは鉄製の引き手を上下にずらして取り付けることで、うまく体重がのり、塗り籠めのひじょうに重い扉がすうっと開くという仕組みです。機能が見事に意匠と結びついています。
観音扉は防火扉として、いかに隙間なくおさめられるか左官職人の腕の見せどころ。
しっとりと光る黒漆喰磨きを、正確に形づくられた自の直線が引き締めます。

所在地/埼玉県志木市中宗岡5-7040-2
tel 048-473-1111(志木市教育委員会)
復元左官工事/加藤吾(加左官工業所)、宮沢喜市郎
これに対して、塗りっぱなしで簡便に仕上げるのが「なでもの」「なできり」。「パラリ仕上げ」もこれにあたり、目の粗い石灰の塊が表面に浮いて小さなぶつぶつが出たものを指します。京都御所もパラリで仕上げられています。桂離宮のパラリ仕上げも有名ですが、これは表現としてのパラリで、石灰の粗い粒子をあえて入れ、鰻波もきれいに消しています。
「蛇腹引き」と聞いてあぁ、あれ。とわかる人も少ないと思います。
このように天井と壁の取り合い(入り隅)のところに模様のついた塗り壁のことです。
左官の古くからある左官工法で、明治から昭和初期にかけて西洋建築の装飾に対応するために蛇腹引きと石膏彫刻という技法が出来ました。蛇腹引きとは、生乾きのうちに盛り上げた漆喰又は石膏を、引き型という型を引いて装飾を施す工法です。石膏彫刻とは、元型を寒天(現在はシリコン)を用いて型取った母型に石膏を流しむ事で得られる複数の装飾品を、さらに細かな細工を施しながら壁に貼り付けていく工法です。

これを作った時のお話が、とても面白かったのでご紹介します。
https://okuno-sakan.jp/2017/07/21/蛇腹という左官仕上/
高知龍馬空港から車で東へ向かうと、独特の風貌の家が次々に現れます。土佐漆喰の外壁に水切り瓦と呼ばれる庇状のものが何段も並び、鎧のような段を壁につける鎧仕上げという手法も目につきます。土佐瓦などのどっしりした瓦と分厚い土佐漆喰を身にまとったヘビー級の家々は、どれもこれも城郭のような重厚なモノトーンとゴージャスな意匠に満ちています。


土佐漆喰は、激烈な雨風から建物を守るため、磨きに磨かれた漆喰の外壁と水切り瓦という土佐漆喰の工法が考えだされ、受け継がれてきました。土佐漆喰の仕上げの外壁は民家にも見られましたが、土蔵の外壁が多かったそうです。そのほとんどは明治、大正期に建てられたものでした。
土佐漆喰は、まず石が違い、高知県に豊富に産出する良質の石灰岩からつくられます。
焼き方も違い、今の生石灰は重油を使って強制通風で焼成されますが、土佐独特の徳利型土中窯で、自然通風で低めの温度で4日間じっくり焼きます。消化・熟成にも手間暇をかけます。
そして土佐漆喰は、普通の漆喰と違って藁(わら)スサを混ぜます。塩焼き消石灰に発酵させた稲藁を混ぜて水練りし、数ヶ月熟成させると、自然と粘り気が出ます。そのため、土佐漆喰には糊を混ぜません。
稲藁のアクのせいでかなり黄味を帯びています。塗り終わってから1年ぐらいかけて真っ白になるといいます。厚塗りと徹底した磨きと水切り瓦や鎧仕上げを施して漆喰彫刻で飾るという「土佐漆喰でつくる」工法の独自性だけでなく、「土佐漆喰をつくる」製法の独自性も際立っています。
漆喰の中にはたくさんの細かい孔(あな)があり、匂い成分を吸着して無臭化する働きがあります。
日常生活で発生するペットやタバコの臭い、洗濯物の生乾き臭、生ゴミ臭など、気になるあらゆる生活臭をおさえて、室内の空気をリフレッシュすることができます。
漆喰がもつ無数の細かい孔(あな)が、ニオイ成分だけでなく湿気も吸収・放出して快適な湿度にコントロールします。夏場は多湿のジメジメを防ぎ、冬場は過乾燥や、壁面の結露を防止してくれるので、季節に関わらず居心地のよい室内環境を保ちます。
漆喰の主成分は強アルカリ性です。この環境下ではほとんどの細菌・カビやウイルスが生息できないため、病気の拡散を抑制することが可能です。鳥インフルエンザや口蹄疫が発生した時に石灰をまきますが、これはウイルスを殺菌するためです。
漆喰は、シックハウス症候群の原因とされるホルムアルデヒドなどの、VOCを吸着分解します。また、クロスや合板のように化学接着剤を使用しないので、シックハウス症候群の原因物質を放出しません。
*VOC:運発性有機化会物の総称。床や壁・天井などに使われる建材や家具の接着剤、防虫剤などに含まれる有害化学物質。ホルムアルデヒド、キシレンなどが有名です。
漆喰は、糊やスサに、わずかな有機物を含みますがほとんどが無機質で、内装制限のある室内にも*不燃材として使用できます。万一の火災時にも、有機化学物質を一切含まない為、有毒ガスを発生することもありません。
長期間にわたって強アルカリ性を保つ漆喰は、真菌症や真菌アレルギー症などを引き起こすカビも抗菌作用を発揮して繁殖させません。適度な換気をすることで、カビを餌とするダニの抑制にもなり、ダニを原因とするアレルギー対策に効果的です。
今回は漆喰についてご紹介してきました。いかがでしたでしょうか。
塗り壁のお話はまだまだ奥が深く、深く知れば深く知っただけ建物の深みが見えてくるのではないでしょうか。
古くからあった漆喰ですが、時代時代で使われていた材料が違っていたり、混ぜるもの、作り方など徐々に進化して、今の漆喰に辿り着いたのだと思います。現在の漆喰は、職人さんにとって塗りやすいものに変わっていってるのかも知れませんが、それでも漆喰を塗る職人さんは、下地と仕上げを含めて何度も塗っては乾かし、再度塗るというように手間暇をかけて仕上げてゆきます。そこには、職人さんの手によるものづくり。手作りの温かみというものが生まれているのではないでしょうか。
参考文献
「CONFORT 土と左官の本」建築資料研究社
田川産業株式会社(TAGAWA)https://shirokabe.co.jp
家庭科学工業株式会社https://www.kateikagaku.co.jp
丸晴工務店の漆喰にまつわる動画はこちら
https://youtube.com/shorts/z_1rYpzNjQo
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